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いろんな人に聞いてみよう! 第一回。
今回は石川県金沢市野町徳法寺の杉谷淨ご住職にお話をお伺いしました。ラジオのパーソナリティとしてもご活躍のご住職。
そのあたたかでフレンドリーなお人柄や、わかりやすく噛み砕いたお話で、多くの方に希望や元気を届けておられます。
「ありのままを受け容れる」という摂食障害からの回復に身に覚えのある過程が、実は仏教の教えともどこか共通しているように感じたインタビュー。
始終不思議な心持ちでお話を伺いました。
“受け容れる”ことを仏教では“諦める”と言います
-私たちが摂食障害という病気から回復していくときに、「ありのままの自分を受け容れていくこと」がポイントだったように感じています。今日は仏教の観点、ご住職の観点から、その点についてお聞かせいただければと思います。
「ありのまま」についてはいろんな言葉で説明されていまして、実はこの前もラジオで話したんですが、「諦める」という字があります。
訓読みでは「あきらめる」、音読みですと「タイ」ですが、仏教では「悟り」に近く、「頷く」という意味です。
「あきらめる」という日本語のニュアンスとはかなり違いますね。
日本語の「あきらめる」は、「努力を放棄する」「努力しないといけないんだけど面倒くさいからやめた」という意味と、もう一つは「現実を受けとめる」つまり「背伸びしたけど自然にいけばいいよね」と、変えられない現実を肯定する意味です。
それを仏教では厳密に分けていて、「現実を受けとめる」という意味で 「諦」の字を使います。
例えば一番代表的な仏教の教えでは「老病死」はどう努力しようが変えられない現実です。
いくら若かろうが必ず老いは来ますし、どれだけ健康に気を遣っても病気はしますし、どんな人でも死なない人は絶対にいない。
これをちゃんと受けとめないで、老いること、病気をすることに目をふさぎ、死ぬことを考えないようにしてしまうと、現実が見えませんから、結局自分を誤魔化していくしかない。
逆に、自分が年をとっていくことに頷き、年を重ねることに魅力を感じ、年をとることは当たり前のことと受け容れていく。病気は悪いことだと決めつけないで、そんなこともあるんだと受け容れていく。病気をすることで、いろんな人に自分の生きざまを示したり、初めて気づくこともあるわけです。
見たくないものに目をふさぐんじゃなくて、それも大事なことだと頷き、引き受けていく。それが「諦」という字の意味なんです。
例えば思春期のころに、おじいちゃん、おばあちゃんを見ていて「年とったら絶対ああはなりたくない」「皺だらけで、腰が曲がり耳が遠くなって、醜い姿をさらす前に人生を終わらせたい」と考えるのは、老いが自分にとって暗いイメージになっているからです。
でも、それがある程度いくと「悪いことばかりでもないよね」と思えてきて、生きることが楽になる。それは実は「楽になる」「楽にならない」という以前の問題で、もともと避けられない問題です。
どんな人でも自分の見たくない面を持っています。私は100%だと思う人はよほど呑気な方か、すごい自信過剰な方です。
どんなに綺麗な方だって、 自分の顔にコンプレックスを持っていて、限りなく美容整形を繰り返す方もいらっしゃる。ものすごい才能を持っている人でも、何か足りないんじゃないかと思うから、さらに努力を重ねていったりする。それがある意味のコンプレックス、自分に対する不満です。
それがいいふうにいけばいいんだけど、逆に「自分はダメな人間なんだ」「自分は存在してはいけないんだ」とか「周りに迷惑かけているんじゃないか」「このまま行ったら自分がどうかなってしまう」とか、 将来に対して暗いイメージを抱くと、自分の人生自体がつまらなく思えてしまいます。
才能とか身長とか顔形とか、人によって悩みの場所が違うだけで、実はみんな悩みを持っています。
端からは「あの人、悩みなくて恵まれてるわね」 「私はこんな問題を持っているけど、あの人は持っていないから、いいよね」というふうに見られる。でも、人にはその人なりの悩みがあり、周りが知らないだけなんです。
するとお釈迦さまは「わかった、いい方法を教えてあげよう。村の中を歩いて、私の家は本当に幸せなんだという家を何軒か探してごらん」と言った。
その婦人が探しにいくと、実はそんな家はなかった。自分だけが不幸だと思っていたけど、入ってみるとどの家にもみんな問題があって、自分だけが不幸だと思っていたこと自体が間違いだったことに気づいた。
自分の身に起こった都合の悪いことを「こういうこともあるよね」と受けとめている人がいる一方で、自分にとって不都合なことに「なんで私ばっかりこんなことが起こるんだ」と、自分に対して自分は不幸な人間 だと決めつけてしまい、どんどん顔が卑屈になり穏やかな顔から離れいく人がいる。
つまり、世の中で幸せな方というのは、恵まれた環境にある方ではなくて、 自分の身に起こってくることを引き受けられる方です。
仏像とか菩薩、去年は阿修羅が流行りしましたが、穏やかな顔というのは、思いがかなった顔ではなくて、現実を受けとめた方の顔です。
どんなことにも「そんなこともあるよね」「自分でつくった命じゃないし、自分で考えてプロデュースした人生じゃない。誰でも自分の思うままにいられるはずはない」とか 「これもありがたい」と受けとめられる方が幸せな方です。「こんなはずじゃない」と言い続けると、自分で自分をどんどん不幸にしていきます。
そのようにして受けとめること、仏教ではそれを「諦」という字で表します。
決してマイナス思考ではなくて、ちゃんと受けとめて前に進んでいくための大事な言葉です。ただ、日本語では「あきらめる」と読まれるため、仏教はすぐ「あきらめる」と思われがちです。
例えば浄土真宗の「他力」は「人任せ」だ とよく誤解されます。
はい、もともと人任せなんです。自分でつくったものは何もないんですから。どこの国に生まれるか、男で生まれるか女で生まれるか、どんな顔立ちがいいとか、自分で決められるものは何もない。
性格だって自分で決められません。
自分でメニューを選べない定食屋さんのようなもの。選べない自分の人生のお皿をおいしくいただける方が幸せなんです。「私これ嫌、隣のがいい」と言う方が不幸なんです。隣の方だって自分でオーダーしたんじゃない。 気がついたらその料理が目の前にあったわけです。
誰が不幸か幸せかと言い始めたら、「何を尺度にしているのか」という話になってきます。結局、自分の人生が幸せかどうかは、最後は自分で決めているんです。
決して絶対的なものはないわけで、環境に恵まれなくてもいい顔をして生きておられる方もいるし、恵まれていても険しい顔の方もいる。物があれば幸せじゃないし、自分の思いどおりになれば幸せなわけでもない。
逆に、自分の思いどおりの道を歩めなかったことで、実は思いもしなかった方と出会ったり、 思いがけないことに気づいたりできるとしたら、その寄り道は無駄ではなかったことになります。
自分の予定どおりの人生を歩んでいたら、きっと考えもせず、わかりもしなかったことが、迷子になったからこそ「あそこにあんな花が咲いていた」と気づかされるわけです。
もし正確に真っ直ぐ生きていたら素通りしたことに気づけるわけです。ならば、迷子は無駄なことではなかったことになる。
運というのは、引き受けるから見える。「なんであのとき迷子になったんだろう」と考えると、すごく大事な人に会っていることにも気づかないまま、真っ直ぐに行った人をうらやましいと思ってしまう。
でも、真っ直ぐに行った人には 見えなかったもの、気づかなかったものが、寄り道したからこそ見えてくることがある。その両方の人がいて社会なんですよね。お互いに補完するわけです。一 人の人間が全部の人生を歩めません。一人に一回の人生です。
いろんな人がいろんな人生を歩んでいるのが全体の社会ですから、真っ直ぐに行く人も迷子になる人もいる。
迷子になった人が真っ直ぐに行った人に「いや、それだけじゃないよ」と教えてあげられ、それに対して聞く耳があれば「ああ、そうなんだよね。自分は真っ直ぐに来たから気づかなかったんだね」と、認め合える社会になっていきますね。
苦しみを味わった人は先行く者として声を挙げることができる
例えば、今では目の不自由な人の点字プレートが歩道に必ずあります。あれにしても、その方たちが「道を歩きたい」と声を上げ、周りが聞く耳を持ったから、できたわけです。
ほとんどの人には必要ないし、かえって歩きにくいし、自転車なんか危なかったりする。
でも、あれができることで目の不自由な方が自分で散歩に行けるとわかったから、できたわけです。
そういう方が経験して声を出して、それを聞く人がいたからつくられた。
全部そうなんです。
摂食障害も含めて、 全部そうだと思います。
もっと「こうなんだよ」と声を出していく。そして周りが「当たり前なんだね」と聞いていく。経験した人がちょっとでも世の中に接点を持てるように工夫していく。
一人でもたくさんの方が世の中で普通に生活できるように、みんな頑張ってみようという方向性が大事です。自分のスペースを削ってでも、点字プレートの分を空けようという努力をしていければいいんじゃないか。どっちがいいか悪いかじゃなくて、どっちも必要なんです。
そのときに、「自分はだめなんじゃないか」「自分は不幸だ」「なんで私がこんな目に遭うんだろう」「だれもわかってくれないじゃない」という思いに対して、「いや、そうじゃないよ。それはあなたにとって都合の悪いことだけど、世の中にとっては必要なことかもしれない。
あなたは、みんなが引きたくないくじを引いてしまった。だけど、誰かが引かなきゃいけなかった。たまたまそれがあなただったのかもしれない。引きたくないくじを引いたから不幸かというと、引いてしまったからこそ気づくこともある」という考え方。
小学校の掃除当番で「えっ、便所掃除!」だれもしたくないです。でも、あれをして初めて気づくことが結構ある。
廊下の掃除ばかりしていたらわからなかったことが、やりたくない便所掃除が回ってきたときに、「やっぱりきれいにしたら気持ちいいね」 と、使ってみて初めて気づいていける。
―摂食障害も社会全体の観点から見たら、世の中に何か必要があって起こっている現象なのでしょうか。
そうだと思います。世の中に何か問題があったら、どこかに歪みが出る。その歪みが社会の病気や犯罪という形になる。そういう形でないと、どんどん世の中が悪いほうに行く。
それをちゃんと見ていかないと、さらに病状は悪化します。病気にもよりますが、時代が変わろうが国が変わろうが、ほぼ同率に起きるダウン症のような病気、これはどこの国にもあります。
そういうものと、時代や国により出たり出なかったりする病気、これは社会的な病気です。そのときの社会の歪みが痛みとして出てきているわけです。それをちゃんと見分けていかないといけない。
摂食障害という障害が過去どれくらいあったか、多分データはないと思います。ふえているかどうかもよくわからない。
けれど、声を上げる人がふえたことは確かではないでしょうか。以前だったら黙っていたが、今はちゃんと声を上げられるし、それなりに世の中も、わずかですが受けとめるようになってきたから、いい傾向だと思います。
だから、もっと声を出して、もっとネットワークをつくって、お互いに支え合い、世の中に要望を伝える。「私が悪いんです」と いう話じゃなくて、「こういうこともあるから、もっとみんなで頑張っていきましょう。世の中でもうちょっと受けとめていきましょう。私だけの問題じゃない。あなたや家族にいつ来るかわからない。私がしんどい思いをした分、後から来る方に楽になってほしい」という声出し活動が、自分だけじゃなくて、後の方に何かを残していくためにも大事なことだと思いますね。
中国のお坊さんで玄奘三蔵がインドに経典を取りにいく話があります。そのときの日記の一節に「骨道」という言葉がある。インドまで行く砂漠には道がない。風が吹けばなくなってしまう。だけど玄奘は道に迷うことがなかった。なぜかというと、点々と骨があったからです。自分に先立ってインドを目指した方が、途中で倒れて骨になっていくわけです。
その方は生きていないが、その方がいたおかげで後から行く者が一歩ずつ近づいて、そしてインドまで行けた。だから、自分の力で来たんじゃない。先立って歩いた人の骨が道しるべとなったから自分はたどり着くことができた、という話です。
闇の中でもがいている自分だけのスパンで考えたら、それはすごく虚しく思えるかもしれないが、半歩でも進めたら、次の人がもう少し楽に先に歩を進めていけます。
ならば、それぞれの人生には十分な値がある。逆に言うと、半歩進む努力はしないといけない。自分が負うてきたものだし、自分に与えられた仕事だと思って、後から来る方のことを 思って道を切り開くのが、先に行く者の使命だと思いますね。
―摂食障害は、多くの方が自分いじめというか、自分を否定して、自分は生きていちゃいけない存在だというところから始まっている病気です。
社会そのものが、こうならないといけない、こうあったら優秀とか、こうすれば認められるという風潮で、個々の人が持つ力やその人そのものを受け容れていない。みんなが同じ方向を目指している状況があっての現象なのかなと、今お話をお聞きして思ったんですが、そこのところはいかがでしょうか。
画一化と言いますよね。
例えば仏壇屋さんは最近どんどん減っている。仏壇を自分の手でつくるのは、かなり高度な技術がないとできない。
昔は世襲的なところが強く、お父さんが優秀な仏師だったら子どもに相続したり、もしくは優秀なお弟子に継いでいくという形で伝統工芸が伝わってきた。
ところが今、学歴社会で子どもたちがいい点数をとる。すると、有名大学に入ったのに仏壇屋はないだろうと、帰ってこないんです。
才能はそれぞれの場所があって発揮されますが、 頭のいい人がみんな医者に向いているかというと、そうも言い切れない。能力的に向いているのと、性格的に向いているのとは、全く別の話です。
ところが、この偏差値ならこの仕事というふうに全部点数ではかられます。それは違いますよね。点数が悪くても社交性のある人なら営業がうまいかもしれないし、あまり人についていけないスローテンポな方でも、いい仕事ができたりする。
学習障害という言葉がありますね。県で学習障害の子どもたちのケアをしている知り合いによると、学習障害を認定する基準は50%増しだそうです。 例えば普通の人が10分で読める文章を、15分以上かけないと読めない場合は障害認定になる。
先生の授業を聞いてもついていけない、もっとゆっくり話してほしい、繰り返してほしい、そうしないと理解できない場合、障害認定になるんです。
基準をどこかに定めて、この基準より下の人は障害、これをクリアすれば OKというぎりぎりの線がある。それが大体5割増しです。平均値の5割以上理解力が遅い人は障害者です。障害認定で何が違うかというと、特別のルールが あって、大学入試に関しては学習障害の認定を持った生徒の試験時間を5割ふやしてもいいことになっている。
ところが、4割遅い人は障害に入らないけど、時間内に解けませんね。
世の中って、そんなよくわからない基準をつくっていく。その基準に合うか合わないか、どっちがよいかわからない。4割の人は障害でなくてよかったと言っていいのか、5割の人は障害者でかわいそうなのか。
そういう基準が世の中にいっぱいあって、その基準ごとに振り分けられる。職業に関しても、あなたはこっちと、どんどん自分の周りにレッテルを貼られてしまう。でも、それは自分で貼ったんじゃなく、便宜上、貼られただけ。それを自分だと思い込んでしまうと、とても悲しいわけです。
摂食障害でもどんな病気でもそうですが、自分で「うん」と言って少しずつ歩めればいいじゃないですか。
人と同じスピードで世の中に出る必要はないし、ちょっと遅くなる人も速くなる人もいる。
石川遼くんみたいに早熟な子もいて、家の子とはずいぶん違うなと思う。あの年でプロに入って幸せかどうかは別 として、あの子はあの子でいいんです。
いい悪いと言うからややこしくなる。20歳前であれぐらいしっかりしたことを言える子もいれば、30歳でも全然言えない人もいる。本当はそれでいいんです。それを、みんなああなりましょうと言うからしんどい。どこまで個々を認めてあげれるかというのが大事な話です。
お経の中で有名な『阿弥陀経』というのがあるんですが、浄土真宗のお坊さんが一番よく読むお経です。
『阿弥陀経』というのは事実じゃなくて説話で す。お釈迦さんが舎利弗という一番弟子に対して、極楽浄土はこんな世界だとか、そこにいる阿弥陀仏はこんなものだと、ずっと説いていく。
誤解されると困るんですが、決して神話的な話をしているんじゃない。例えば浦島太郎の話を聞いて、あれが本当かどうかというのは問題じゃない。物語を通して伝えたいことがあるんです。
それと同じレベルで、阿弥陀仏とか極楽浄土を考えてほしい。あるか、ないかではなく、それを説くことによって気づいてほしいことがある。そんな形でお釈迦さんが一番弟子の舎利弗に、「極楽浄土というのは不思議な世界だよ。青色青光、黄色黄光、赤色赤光、白色白光。青い色は青く輝き、黄色は黄色の光で輝き、白は白く輝き、それぞれの色がそれぞれの光で輝いている。すばらしいだろう」と言う。
舎利弗は黙ってうなだれる。自分の住んでいる世界は「黄色に対して青色になれ」と言ってみたり、「私はなんで白いんやろ、赤のほうがすてきなのに」と言う。自分の色を認められない。
これが辛い。
極楽という 「楽の極みにある状態」とはどういうことか。白い光は白のままできれいだ、赤い光は赤くてきれいだと言える状態が一番楽なんだということを「極楽浄土」を説く中で示している。だから、いい人になる必要はない。人から尊敬される必要は全然ない。自分が自分として、いい顔で笑っていけるような状況が一番いい状態なんです。
私よくゴキブリとカブト虫の話をするんですが、ゴキブリは別に人から嫌われようと思っているわけでなくて、ゴキブリなりに懸命に生きている。でも 人間にはパチッと叩かれる。ゴキブリに餌をやるなんて話、聞いたことないですが、カブト虫は餌をもらえる。
じゃ、ゴキブリはダメでカブト虫はいいか。それ は人間が勝手に決めた基準であって、ゴキブリもカブト虫もそんなことは思っていない。それでいいわけです。
人間の基準を押しつけられて落ち込んだゴキブリなんて聞いたことがない。カブト虫にしても、人間に高い値で売買されるからいい気になることは、まずない。全部、人間が勝手につくった基準です。
「私は私でいいんだ」と思って生きていけるほうが、実は自然なんですね。人間はどうしても物をいろんな形で評価して、こっちがいいとか悪いとか、高いとか低いとか言ってしまうので難しいんですが、自然界はそうではない。強い弱いはあるけど、いい悪いはない。
そのことを人間社会が見失ってしまったのは、人間が自然から離れてたことが原因だと思います。人間が人間とばかりつき合ってしまって、ほかの生き物と触れ合わなくなり、人間の価値観だけで物を見てしまったので歪みが出た。都市部ほど歪みが激しいのは、そのせいだと思う。
そう思います。それがスッとできればお釈迦さまなんで、できる方はすごいです。
なかなかできなくて当たり前。小さいときから思い描いていた自分の将来になかった道なので、そんなに簡単に回復するわけがない。
指をケガしたというレベルじゃなくて、回復までに何年もかかることになると、後の人生設計がダーッと変わってくるので、落ち込んで当たり前なんです。
でも、落ち込んでもちゃんと生きている。ちゃんと目は覚めるし、それなりに生きてきて、周りの人が支えてくれているという状況は変わりません。自分だけもがいてしまって、絶対に登れない坂をあがいて登ろうとしているのかもしれない。それに気づく時がある。 あがける元気のあるときは、あがいてしまう。
仏教の先生に言われたのは、落ちたらいかんと思って一生懸命しがみついていたのに、手を離したら10cmほどしか落ちなかった、「ああ、これだけやったんか」という話です。
それに気づかないで、必死でしがみついている。それはプライドであったり、これだけは譲れないと死守していたものが、実はなんてちっぽけなものだったんだろうと気づくのが「諦」です。
それを悟りと言います。
あがいている最中の方に「手を離してみたら」と言っても離さないでしょう。ここで離したら終わりじゃないかと思うからです。
でも、実は終わりでも何でもなくて、そこから始まるものがある。どこかで手を離してみたら、案外行けたりするわけです。「別にみんなと一緒にならなくても大丈夫」「私には私の役割がちゃんとある」と思って、それを一歩でも半歩でも進めていくと、自分 の後から来る人がちょっと楽になれる。
―自己否定感がいっぱいあると、諦めることができない自分をまた責めるとか、そこに行けない自分を責めるとか、そういう思考回路になります。
でも、その模索自体があなたの使命なんだよとか、広い目で見ると、起こっていることは必ずしもいいとか悪いとかじゃないんだよということを聞く と、救われるかもしれませんね。
無理しなくて、本当に与えられたわずかでいいんです。
それこそ一生涯かけて半歩でも進めれば、後の方にとっては大事な道です。目に見えるような結果を残す必要もないわけで、一歩一歩で十分なんです。
今、摂食障害という言葉が生まれてきたのも、多分過去からのそういう方々の歩みがあったからですよね。決して自分がいきなり来たわけではなくて、たくさんの方がそうやって生きてきた結果が、今ここにある。その道を大事にして、後は任し たよと先につないでいければいいなと思います。
―ありのままの自分自身を受け容れること、そして今自分の身に起こっている摂食障害を受け容れること、「受け容れる」について2つの 方向性をお話くださったと思います。そして、受け容れるということはすなわち、次の人たちに繋ぐという動きにも繋がっていくということですね。
最後に、今 摂食障害を抱えておられる仲間の皆様へのメッセージをお願いします。
決して方便じゃなく、本当に無駄じゃないんです。
経験した人にしかわからないことは山ほどあるから、絶対無駄にならないのは事実です。
それに気づかないで、要らんことばっかりしている、無駄な苦労、無駄な努力ばっかりしているというふうに錯覚してしまうんですが、そんなことないです。それに気づいてもらえればいいですね。
あなたが最初じゃないし、あなたの前にたくさんおられたし、あなたの周りにもたくさんおられて、そういう方々の歩みの中にあなたの今の状況も絶対必要なんです。もしあなたが、世の中にたくさんいる摂食障害の方の中で一番辛い思いをしているとしたら、その声を出すことで、またたくさんの方が救われる。だから、あなたの苦しみは絶対に無駄にはならない、ということです。
また、そういう方と触れてみると、自分だけじゃなかったし、後から来る方の助けになれるのは自分しかいないと思えることもある。
決して普通に働いてお金を得る仕事じゃないけど、あなたにしかできな い仕事はある。それは世の中でマイノリティー、少数派の方に全部言えることですね。そのためにはエネルギーが要る。その力がわくまではゆっくり休んでいれ ばいい。急がなくていい。力がついて、そろそろ自分もできるかなと思えるときに一歩踏み出せばいい。そのことをお伝えしたいなと思います。
―今日は大変貴重なお話をありがとうございました。
杉谷淨ご住職プロフィール
杉谷 淨(すぎたに じょう)
1960年 金沢市野町に生まれる
1967年 金沢市立野町小学校入学
1973年 金沢市立泉中学入学
1976年 星稜高等学校入学
1980年 東京理科大学入学。在学中、南アジア、東ヨーロッパ、中近東、中米を放浪
1984年 大学卒業後、ソード株式会社入社
1985年 退社後、中南米・韓国を1年間放浪
1987年 帰国後、大谷専修学院入学(お坊さんの資格を取るための専門学校です)
1988年 大谷大学大学院修士課程入学。在学中、結婚
1991年 卒業後、金沢に帰る。
現在 野町広小路にある真宗大谷派(東本願寺)杉谷山德法寺住職。
僧侶2人で合同の寺報『僧伽』を発行。
寺の法務をしながら真宗大谷派「こころの相談室」を開設。
金沢市の依頼で各種学習会講師も務める。
2009年5月からFM-N1のパーソナリィを務める。
家族:母、叔母(長期入院中)、妻、4人の子供(うち二人は東京・帯広在住)
ペット:おかめインコ、ミシシッピーアカミミガメ