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ドクターに聞いてみよう!
今回のドクターは食行動異常研究会PARTⅡ実行委員長の渡邊直樹さんです。

平成13年から研究会に携わり、2年前から当事者・親・兄弟姉妹の会(家族会)のファシリテーターとして、月に一度の集まりに参加しておられます。

摂食障害について感じておられること、家族会に参加していて感じることなどを主にお聞きしました。

(2010/8/16 取材・文 あかりプロジェクト いづ)

 

変わっていくプロセスを支えてくれるのが家族会

-渡邊先生は家族会のファシリテーターをなさっておられますね。摂食障害に関わっておられる医師の方で、そういう入り方をしておられる方は少ないのかなという印象です。

そうですか。僕自身も今のスタイルで居られるのは偶然という風に感じています。事務局をやってくださっているお母さん方がいるからこそ今の自分がいるという感じですね。お母さん方が非常に熱心でね、きちんとしていて。会の時には場所もちゃんと予約をしてくれて、セッティングをして、ホームページに 載せて、そして、参加者を募ってくださいます。今は、月に1回会を開いています。

-先生ご自身についてお聞きしてもよろしいでしょうか。もともと先生は社会学を勉強なさっておられたんですね。

そうですね。社会学といっても知識社会学という分野で、人間の考え方が社会にどういう風に影響を与えるかという、イデオロギーについての学問なんです。
例えば今までにカール・マルクスとか、そういう人たちがお金じゃなくて、ちゃんと気持ちを伝えあうことができるような理想の社会というか人と人との関わり方を提唱して、お金がどういう風に人間の見方を変えてしまうかという理論を唱えたんですね。そしてそれがソ連とかを中心にした社会主義という国につ ながったんですけれど、結局なかなか国の体制としてはうまく行かなくなって…。そういう歴史があるんです。
結局イデオロギーに人間は影響を受けるんだな、 ということですね。自分自身も含めて色んな人からの影響を受けて今のその人や今の自分がいるし、いろいろな考え方を取り入れてこその今の自分がいる訳ですね。そういうことについて勉強をしました。

-先生の中のどういう部分がそういうことを学んでみたいって思われたんですか?

それはやっぱり思春期の頃からの課題というか、「自分ってなんなのだろう?」とか「何のために生きてるんだろう?」とかそういうようなことを考え て、そして自分自身を見つめる時に役に立つのかなと思って勉強を始めたんですけど…。結果としてはあまり役には立たなかった(笑)。
いまだにやっぱり自分自身というのはよく分からない。ただひとつ分かるのは、色んな人の反応とか色んな人が自分について話してくれることとかを通して自分というものが見えてきてるのかなと思いますね。

-ドイツの大学でイデオロギーについての勉強をなさって、その後医学部に入られたんですね。

そうです。医学部は、社会学じゃダメだなというような気持ちから、やっぱりもっと自分自身の身体も含めた心と身体を知りたいという気持ちがありまして。

-さらに学びを深めたい、広げたいということですね。

そう思って勉強したんですけど…。やっぱりよく分からないですね、未だに。
多分、一生の問題かなと思う。一生問い続ける、自分自身に。

-自分探しの旅ですね。 摂食障害も、自分探しの旅みたいなところがあったな。もちろん今もそれは続いているんですが、あの頃は、すごく濃縮した自分探し、自分を見つけるためのすごく濃縮した期間だったような気がするんです。先生は、当事者の方を診てこられてどんな印象をお持ちですか?

そうですね、僕もそう思いますね。最初はすごく混乱した時期があると思うんです。でも、それが段々変わっていくプロセスがあると思うんです。そのプロセスを支えてくれるのが、やはり家族会のような人とのつながりかなと感じています。
この家族会は、私たちは「当事者・親・兄弟姉妹の会」と言ってい て、当事者も親も参加して、専門家の私も一応参加して、それ以外に摂食障害に関心のある人も参加できる、結構ゆるい会なんです。そういう中に参加して、 段々自分自身が分かってくるし。親も色んな人の意見を聞いて、じゃあ今度はこんなふうに娘に関わってみようかな、と親も変わってくる。
当事者本人も変われるし、親も変わる。親が変われれば、本人も変わる。とか色んな相互作用があって、それがとても大事なのかな。
摂食障害の悩みを受け止めたり悩みの解決の仕方として、そういうプロセスは必要なのかなと思いますね。

専門性や立場を超えた人間同士のつながりを大切に

-多くの家族会や本人の会は、家族だけとか本人だけとかクローズドな空間が多いと思うんです。私たちもあかりトークというのをしてますが、「親御さんはご遠慮ください」と申し上げていて。それはそれで理由はあるんですけど、先生のところは違うんですね。当事者や 親御さんから専門家までが集う広くオープンな形が良い相互作用をもたらすという点をもう少し詳しく聞かせてください。

そうですね、お母さんだけで来ている人もいるし、お父さんだけで来ている人もいるし、親子で参加している人もいるんですね。親だけの人の場合には、やっぱり自分の考えていることが本当に正しいかどうかと迷った時に、じゃあ自分の娘は今この場にいないけども、参加している娘さんの意見を聞いてみようということがあったりします。
親だけの集まりだと本当に娘さんの気持ちが反映されないまま終わってしまうこともある。当事者だけの集まりの場合には、お互いに支えあうことが出来るのはひとつのメリットだけども、親がどんなことを考えているのかとか親以外の人たちがどんなことを考えているのか、ということを知るのが難しくなる。
そういう意味でオープンに色んな立場の人に参加してもらうという考えなんです。

-私たちが親御さんにご遠慮いただいてるのは、親御さんに対して云いたいこと、親御さんが子供に対して云いたいこと、でも言ったらお互いに傷ついてしまうようなことを言ってしまって苦しくなることを一番避けたいからです。
安心してものを言える空間を作るため。それはそれで一つの手法かな と思うんです。ですが、そういうぶつかるというか、ちょっと傷ついたりということが、もしかして栄養になることもあるんでしょうか。

私たちの家族会の場合には、親子で来ていて例えば1ヶ月の経過を報告してくれる方がいらっしゃるんです。そうすると最初はもう色々言いあったり刺激しすぎたり、「なんで食べないの」と言ってしまったり。そういうことでかえって逆効果になってしまったなという反省することもありました。喧嘩になって しまったりね。
でも、そういう親御さんが、とにかく今大事なことは逃げないで顔と顔を合わせて受け止めてあげることだな、というような報告をしてくれるようになっていくんですね。やっぱり子供さんも、お母さんの支えがあるというのはとても大きな力になるんですね。お母さんの支えがあって、お母さんは自分のことを心配してくれているんだなと思えると、学校にも行かれるようになるし、食事も少しずつ変わっていく。規則正しく食べられるようになったり、そういう変化があったりします。その変化が、とてもうれしいんです。
それに、結構ね、周りのお父さんお母さんもみんなで当事者を支えてくれるんですね。いいと思うよ、とか認めてくれるし受け入れてくれる。そういう安心できる場が会として出来てきているので、そこがとってもいいことだと思うんですね。

-立場を超えて関係者がみんなで集おう、というのは始めからそういうスタイルだったんですか?

いえ、そうではないです。
始めからじゃなくて、色々専門家の先生とかから批判はありました。研究者は研究者で話し合いをするべきだ、当事者がいたら話せないこともあるし。とかね。
ですが、今までにそういう研究会や学会もありますけど、治療という観点ではそんなに大きな進展がみられてないんですね、 今のところ。
前は僕自身も薬中心の治療をしていたりとか色々をありましたけど、やっぱり専門性や立場を超えた人との関わりが一番大事なのかな、と治療者としても思うようになってきたわけです。だから、今は家族会が自分にとってもとても大事な場になっています。親、子供、専門家という立場を超えてね、人として気持ちを伝えあうことができる、そういう時間と空間を実現したいなと思ってるんです。その中で、いい影響をお互いに与えることができるのかな、と思ってるんです。

人との関わりの苦しさや寂しさを受け止める

-先生が一番大切になさっておられることは、人と人が気持ちを伝えあうコミュニケーションなのですね。

そうですね。当事者の方の一番の問題はきっと、人との関わりの中で自分をきちんと受け止められなかったり、それに不安を感じたり、自分自身もうまく自己表現できなかったり、欲しい時に欲しいとなかなか言えないで我慢してしまうとかね、そういうようなプロセスがあると思うんですね。
エインズワースと いう研究者が3〜5歳くらいの子供を観察した報告があります。最初はお母さんも一緒に遊んでいるのだけど、おもちゃで遊んでいるうちにお母さんがいなくなっちゃうのね。そんな中に知らない人が入ってきた時に子供がどんな行動をとるかで3つのパターンに分けてる。お母さんが来た時に大泣きしてお母さんに抱 きついてだっこしてもらってよかったと思って、そしてまたそのうちに遊び始めるという安定した反応をする場合は、お母さんの気持ちがちゃんと通じている。 ところがお母さんの気持ちがちゃんと通じていないと、お母さんが戻ってきても知らん顔してしまうタイプと、ずっとしがみついてしまうタイプがいる。そうい う風に3つに分けているんです。これはアタッチメントとか愛着とかいう、ボールビーいう人が唱えた人間の情動の表現の仕方なんですけど。そういうような小さい頃の関わりがすごく影響しているんじゃないかなと思っているんです。

-ということは、相手の気持ちや愛情を受け取るアンテナみたいなものが成長したり安定したりすると良くなって行く、というか楽になっていくんでしょうか。

そうですね、楽になりますよね。ああ、大丈夫だったと、自分自身の心の中に安心できるものが育っていく。お母さんはちゃんと自分のことを見てくれているんだなと。
お母さんがいなくても安心出来るものが心の中にあればね、一人でも行動できたり色んな人に関わったりできるようになるのだけど、そういう 体験が無いとやっぱり不安感が残っちゃうし。と思っちゃうんですけど、どう思います?

-私の、自分自身の体験から考えると、まさにそうだと思います。
摂食障害は自分の中に杖みたいなものが無かったのを自分で作る過程だったというか、実はあるんだということを発見するための過程だったというか。自分の中に杖がないから人に言われたことを気にしたり、人が去って行くんじゃな いかと怖かったりするけど。その杖を見つけたら「私は私」って地に足が着いた。人と関わるのも、怖くなくなったというのがありました。だから、今お聴きしていてしっくりきます。
渡辺先生ご自身はいかがですか?思春期に
悩んでおられたとおっしゃってましたが。

いやー、ありましたよ。やっぱり思春期というか小学校5年くらいかな、親が、自分を擁護してくれると思っていたのに逆に叱られてしまった経験とかね。僕の場合は父親は一方的に叱って、母親はちょっと過干渉な母親でしたね。自分が信頼していると思っていた学校の担任の先生にちょっと裏切られた体験な んかもあって、親だけじゃなくて色んな人の影響があるかなと思いますね。

-その中で先生なりにご自身の中の杖を見つけようと、社会学や医学を学ばれたんですね。

そうですね。

-そういう人間関係の色んな傷って、やっぱり人間関係で修復できる、傷を手当できるんじゃないかなと私も感じています。

摂食障害を治療するにあたっても、食べる食べないとか食べ吐きを兎に角止めようとかいう発想ではなくって、その背景にある人との関わりとか心の寂しさとか、そういうところを受け止めてあげるのが大事かと思いますね。

自分は変わりうるものだということを信じてほしい

-では最後に、未来蝶の読者の方々にメッセージをお願いします。

今色々なところで僕が話をしているのは、3つのことをみんなで話し合ってくださいということです。
1つめは、自分自身が生活している場で安心できていますか?
2つめは、困ったことはないですか?
そして3つめはどうしたらいいですか?何か力になれることはありますか?ということです。
それを是非家庭でも実践してほしいです。お母さんであればお子さんに対して、「最近どう?困ったことある?」と声をかけたり、そういうことを多くの人に実践してほしいで すね。質問して、自分自身も一緒に考えるということです。

-きっと、受け止めるということですね。 相手の気持ちを聞いて、一緒に考えようと受け止める。それはすごく力になると思います。さえぎらずに、アドバイスや分析なしにただただ気持ちを聞いてほしいというのが、仲間のみんなから聞いている一番大きな声です。

聞いてほしいけども、なかなかうまく気持ちを伝えられなかったりね。受け止めてもらえなかったりね。

-ご本人に対して伝えたいことはどんなことでしょうか。

そうですね、やっぱり人間には「これが全てだ。もうダメだ。」と思ってしまうところがあるけども、必ず変わっていくものだと思うので、そのことを伝えたいです。
自分自身も変わっていくんだということ。今日の自分と明日の自分は違ってくるということ。それが人との出会いによって変わったりすることも あるので、自分は変わりうるものだということを信じてほしいということです。僕自身も変わっていくしね。

-ありがとうございます。自分は変わりうるものだというのは、それは勇気が湧く言葉ですね。だって、しんどい時は自分が変われるなんて 思えなかったですから。でも周りから変われるよって希望をもらえると、それが力になる気がしますね。
先生、今日は貴重なお話をありがとうございました。

 

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渡邊直樹さんプロフィール

渡邊 直樹(わたなべ なおき)

1943年東京生まれ。
ハイデルベルグ大学社会学専攻マギスター(修士)取得。
1982年弘前大学医学部卒。医学博士。
聖マリアンナ医科大学精神療法セン ター勤務、同大精神科助教授。
2004年退職後、客員教授。青森県立精神保健センター所長。
2008年関西国際大学人間科学部人間心理学科教授。児玉教育 研究所顧問。食行動異常研究会PARTⅡ実行委員長。
著書・翻訳:「摂食障害診療」(共著) (診断と治療社、2009年)、「自殺は予防できる」(共著) (すぴか書房、2005年)、「高齢者自殺予防マニュ アル」(共著) (診断と治療社、2003年) 他

所属学会:森田療法学会(理事)、日本ストレス学会(評議員)、日本催眠学会(理事) 他

○児玉教育研究所
http://www13.plala.or.jp/kodamaie/index.html
○食行動異常研究会PARTⅡ
https://shokukoudouijyou-kenkyukai.jimdosite.com/