山梨県の住吉病院で12年にわたって摂食障害を診ておられる大河原昌夫さん。

家族会を主宰していらっしゃり、著書に『家族への希望と哀しみ~摂食障害とアルコール依存症の経験』がおありです。

ドクターに聞いてみよう! 今回は、大河原さんに、主に“摂食障害と家族”という視点からお話をお聞きし、また、ご本人へのアドバイスも掘り下げてお聞きしました。

 

(2009/10/25取材・文 あかりプロジェクト いづ)

 

ご本人やご家族には、はっきりとものを言います

ここ二年ほど、産婦人科と精神科の医者だった上野博正という人の伝記を書きたくて、いろんな方に取材をしているんですけれど…取材というのもなかなか大変なものですね。

―著書の『家族への希望と哀しみ』にもお書きになっておられた方ですね。大河原先生は、初めは通信社の記者さんでいらして、そこから精神科の医師になろうと医学部を受けられたのは、その方の影響でしょうか。

それもありました。もともとなりたかったんだけど、その人がいたからやってみようと思ったかもしれませんね。僕は彼からものすごく影響を受けました。

―例えばどんな影響ですか。

医者になるということよりも、なってからの患者さんとの接し方の面で影響を受けていると思います。どんなときに患者さんに、「しかる」という言い方はいけないんでしょうけど、はっきり物を言うか、どんなときに相手をちょっとなだめるか持ち上げるか、思いっきりほめるか、患者さんと言い争いになった後にどうやって修復するか、そういうことを僕は彼から学びましたね。

摂食やっていて、どうしても家族に直言したいときがあるんですよ。つまり、そのやり方はまずいとかお父さんの暴力は明らかにいけないとか、言わなきゃいけないときがあると思うんですけど、ケンカしつつ仲直りする、はっきり物を言いながら相手をすくい取る、そういうタイミングは上野さんから勉強したような気がしますね。

―それは上野さんという方の周りの人との関係の築き方がそうだったということですか。

ええ、彼はよく人をしかり飛ばしたんです。でも徹底して人に信頼されていた。どんなに彼から直接罵倒されて も、相手は彼のことを信頼していて、ほとんどの人は彼に心酔していた。何であれだけはっきり物を言って人から信頼されるのかということですね。それは僕が一番学んだことかもしれません。

精神科医になって、後悔はないですね

―医者になりたいという思いはもともとあられたんですか。

ええ、もともとなりたいという思いはあったんです。

―で、社会人になってから、やっぱりもう一回医者になろうと。

ええ、もうそろそろ潮時かなと思って。僕は共同通信を辞めたのが32歳かな。それで33歳で医学部に入って、39歳で医者になりました。

―医者の中でも精神科、人の心の問題を扱うお医者さんになりたいと思われたのは…。

最後には、そう思いましたね。
つまり内科とか婦人科ならばだれでもできると言っちゃいけないんだけど、やっぱり精神科のほうが人と長くつき合いますよね。現に僕、こうやっていれば、ずっと同じ人と長くつき合えるし、内科みたいに「はい、さようなら」ということはないから、それは楽しいですね。

―人間と深くかかわるというところが…。

そうそう、僕は人としゃべるのが好きだから、なって後悔はないですね。

―そこでまたアルコールのほうに行かれたのにも、何かありますか。

福島県の病院にいたときにアルコールに関わって、それで、あっさり面白いなと思ったんです。アルコールの家族はやっぱりドラマがあるでしょう。そこに僕はぐっと引かれました。

つまり、すったもんだのドラマがあって、本人が酒をやめるととてつもない変化がまたあって、もう離婚寸前の夫婦が急に元どおりになったり、涙で感激したり、そういう人間ドラマが好きなんですね。アルコールはやめれば劇的に変化するから面白い。

こちらにやりがいがあるというか、薬ではなくて、とにかく本人がやめて回復を始めると、今までになかった人間関係が生じたりして、「えー、この人がこんなになったの」という変化を示すわけです。それがとても面白かったですね。

―しばらくアルコールの治療を…。

ええ、ずっとアルコールやっていて、福島県の病院と東京の病院2ヵ所を経て、ここに呼ばれてきました。東京にいるときから摂食の人は診ていたんです。こっちへ来て、この病院は僕の好きにさせてくれるので、ここで本格的に診始めました。

摂食の方を考えるとき、お父さんとの関係をいつも一緒に考えます

―本にも書いておられましたけど、アルコールから摂食障害にシフトなさった、その心境もお聞きしたいんですが。

一つは、私的なことなんだけど、僕の娘が生まれたことがある。僕、姉が一人いるんだけど、姉と父の関係はわりと淡白で、細やかな交流が感じられなかった。ところが、あるとき、僕の親しかった女性が、お父さんととってもいい関係だった。僕に娘が生まれて、ああいう父・娘関係もあるなと思ったんですよ。

もともとアルコールやっているときから家族に関心がありましたから、摂食の人を診ていると、家族というのは深く考える意味があると。

僕は摂食の人を診ても決して母・娘カプセルには関心が行かなくて、お父さんとの関係をいつも一緒に考えるのは、最初から僕にとって自明のことでしたね。だから、医療者の中でも母親の育て直しとか、ああいうことを言っている人には、何でこの人は父親のことを見ないんだろうって、最初から違和感がありました。

家族会とかやるでしょう。そうすると、意外なのはお父さんなんですよ。つまり、本人とかお母さんがいろいろお父さんのことを言うんだけど、現実にお父さんに会ってみると意外なんですね。

―どういうふうに。

奥さんが「うちの旦那は無口で何もしゃべんない」と言った人が、全然そんなことなくて、ちゃんとしゃべってく れたり、「何も娘のことを考えない」と言われるお父さんが、実は娘のことを考えているけど、奥さんがぺらぺら言うので自分は黙っていたとか、そういうのがたくさんあります。実に意外。

そしてお父さんが変化するんですよ。家族会に1年も来ていると、実に優しいお父さんになったり、娘と会話を始めたり、男は一回理解するとちゃんと歩みますね。変化してくれるんですよ。家族会やっていてとても楽しいですね。

―先生ご自身がお父さんということもあって。

そうですね。だから意見もしやすいし、同じ世代だから「お父さん、それはまずい」と言える。だから僕いつも思うんだけど、20代30代の医者が摂食障害をやっていると、本人と同じ目線になるから、いい点もたくさんあると思うんですけど、やはり家族をしかるのは 難しいのではないでしょうか。きっと家族も緊張するんじゃないかな。

僕ぐらいの年齢だと、家族に苦情をいっても、冷やかしても向こうはある程度受けとめて くれますね。言われてもしようがないなという感じになるのかもしれません。

自由にものが言えなかった人が多いんじゃないかな

―ちょっとそれてしまうかもしれないですが、家族をしかるというのはどんなときですか。

だって、冷たいお父さんいますもの、本人に。威圧的で、本人をたたいたり引っぱたいたりしたお父さん、たくさんいますね。暴力があったり、とにかく父親の威厳を示さなきゃいけないと思って厳しく育てたとか、夜の7時に帰ってこないとしかり飛ばしたとか、よくありますね。とにかくお父さんが怖かったという家はたくさんあると思う。お父さんに反抗できていないですね。

親が怖いということと厳しいということは違うので、摂食の家を見てるとお母さんかお父さんのどっちかが怖いのかな。親が怖いということは、子どもにとってはとってもストレスなんじゃないですかね。怖くない家もあるかもしれないけど、多くの家はどっちかが怖いな。

―家の中の雰囲気そのものが怖いというのもあるかもしれませんね。

そう。とにかく自由にフランクに物が言えなかった人が多いんじゃないかなと思っているんです。だから、僕はその仲介役なので、何となく僕と話している間に、しばらくして本人がお父さん、お母さんに遠慮なく物が言えるようになればワンステップですね。

―それはすごいことですよね。

僕の本にも書いているかもしれませんが、来たときに「お父さん、どんな人」って聞くと「普通の人」って言うんですよ。「そんなばかなことあるか」って僕いつも言うんです。「普通の人ってどういう意味」って聞くと「普通の人」。「お母さん、どんな人」「普通の人」。こういう人は僕から見ると既にマイナス5点ですね。親を形容するのに「普通の人」って、「何かほかに言い方ないの」って聞くんですけど、頑として 「普通の人」って言うんです。

それはやっぱりそれ以外の言葉は何か言いたくないんでしょうね。言えばどこかに響くというか、別のしかり言葉が親から飛んでくるかもしれないし、簡単に口を開きたくないんじゃないかと僕は想像しますね。

―そうかもしれないですね。患者さんの言葉の後ろにあるもの、行間を読みとることがすごく必要になるんですね、お医者さんの場合。

今までの生活史に感心を持って聞くことが治療の第一歩です

―治療として、具体的にはどんなアプローチをなさるのですか。

この間も摂食の人が来たんだけど、生活史を詳しく聞かれたことのない人がいてびっくりしますね。
僕は、家族旅行どこへ行ったとか、学校の弁当はだれがつくったのか、遠足はだれと一緒に行ったのか、学校の運動会はだれが来たのか聞くんですよ。それが大事なことだと思って聞くんですね。

単にどこの学校出て何したじゃなくて、具体的に生活の個々の場面で家族のだれとどんな交流があって、友だちとの間にどんないじめが あって、それを両親が知っていたのか知らないのかということがとても大事だと思うんですけど、残念ながら医療機関においてそういうことが聞かれていない ケースが多いと思いますね。

多くの場合は、いじめがあっても両親に言っていない、後で知った、いわんや父親は知らなかったということが多いですよ。それはとても残念なことです。
お父さん、何となく知っていたということもあるんだけど、子どもにとっていじめは大きいと思います。

―摂食障害の人で、いじめの経験がある人が多いようですね。私もそうなんですけれど。

家族の軋轢と学校のいじめ、この2つは大きい。

―ダブルですよね。

どんな思春期の病気もそうだと思うんです。
不登校でもリストカットでもみんな同じだと僕は思うんだけど、やっぱり家の中の物言えぬストレスと学校のいじめ、教師を含めたいじめの二つは何といっても大きい。

だから僕は学校で講演するときに、いじめだけは見逃さないでくれと言うんです。教師の対応は大きいと思いますね。教師から嫌がらせをされた子どももいる。そういうのを具体的に関心を持って聞くことが、とりあえずの僕の最初のアプローチですね。

―たぶん多くの病院でそこまで掘り下げて聞かれないのは、時間がないからではないかと思うんですが。

そうなんです、時間がないです。開業医が1人1時間聞いたら、お金がもたないから聞かない。勤務医も忙しいから、なかなかできない。
僕がなぜ1人1時間聞けるかというと、僕は給料をもらっているから。土曜日の夕方から1時間話を聞いても、この病院は保険で診てい るんです。日曜日の午後1時に予約しても、僕は保険診療で診ているわけ。だから患者さんは、日曜日であっても負担が少なくて済むわけです。もし僕が開業したら、とてもそれはできないです。

―時間外にお話を聞く時間を設けておられるのですね。

そう、平日の夕方とか午後も時間の空いているときに診ているんですが、時間がなくなれば、僕は今、土日が休みなので、そういう時間に来てもらっているんです。そのほうが僕も院内の携帯電話で呼ばれないし、集中できるから気が楽なんですね。だからそうしているんです、僕は。

―なるほど。そういう風にして、具体的な家族との話とか今までの生活歴を細かくお聞きする。

そこが絶対に出発点だと思います。
本人のパーソナリティーの問題があるにしろ、とにかく今までの生活をこっちが関心を持って詳しく聞くことが第一歩ですよね。だから、よく根掘り葉掘り聞かれると言われるし、あと初診の人には怖いと言われる。とにかく若い女の人には、半年もたって、最初のときは怖かったって言われますね。何であんなにしつこく聞くのか、それが意外だったと言われるんです。

例えばお母さんと一緒に話をしに来るでしょう。「あなた、お母さんと一緒がいいの、どっちがいいの」と聞くと、「わかんない」とか「どっちでもいい」って言うんですよ。僕は、「いい加減にそれくらい自分で決めたら」と言うと、相手が「ああ、どうしよう」みたいになって、後でそういうシーンがとても怖かったって言うんです。

でも、そういう人はそういうことすら自分で決めてこなかったというか、決めてこれなかったのかな。お母さんの圧力が強すぎたかもしれない し、どうせ10分で終わるんだからお母さんがいてもいなくても同じだと思ったかもしれないけど、そういう思い出を持っている人は多いんじゃないですかね。 でもそういうこと一つとっても、その人がどういう家族だったかすぐ見えますし、判断材料になりますね。

―そこから家族関係みたいなものを推測して、お母さんを巻き込んで治療するのか、お父さんに入ってもらうのか、という方針が出るわけですね。

そうそう。だって、臨床医の醍醐味というのは、そうやってどんな家族かということを想像していくことにあるので、そういう関心のない臨床医は摂食障害をするなと思うんです。
この人はどんな家族だったのかなとか、どんな学校生活を送ってきたのかなという関心を持たなければ、治療はできない。
それは決して家族が原因とかではなくて、その人が家族に対してどういう味わいを持ってきたかを抜きにはできないと思うんで すよ。

家族が原因ではないけれど、本人が背負ってきた辛さの面では家族の問題は大きいと思います

―家族が原因ではないとはっきりおっしゃっているところが、親御さんにとっても救いというか希望になると思うんですけど、少し詳しくお話ししていただけませんか。

ここが難しいところですね。原因じゃないかもしれないけど、ひどい家族はいます。家族に苦しんできた本人も多いですね、残念ながら。全部じゃないんだけど。

さっき申し上げたように、家族とか学校のいじめとか辛い歴史を背負ってきているんじゃないかな。
もちろん、それが原因という意味じゃなくて、病気の原因というのは複雑ですし、遺伝的な要因もあるかもしれないけど、本人が背負ってきた辛さの面では家族の問題は大きいと思います。

あと、本人が家族を非難しても、そのうち意見が変わるかもしれないから、それは聞いてあげていればいいわけです。
そのために僕らは家族会をやっているわけで、家族はそこですぐ本人に対して反論する必要はないのです。僕が家族会をやっているのは、家族を治そうということじゃなくて、 家族の井戸端会議の場を設けているだけ。僕の家族会は7時過ぎから9時過ぎまでやるんですけど、終わっても家族は駐車場にいて帰らないんですよ。みんなで 20分も雑談している、家族同士で。だから、家族同士の話し合いができているので、単純にうれしいことですね。本当にそれでよかったなと思っています。

そう、家族原因論は難しいんです。ただ、精神療法をやる医者に限って、家族を非難しても始まらないと言うんです。そういうことをしても本人が助からないか ら、そういう非難はやめさせようと言うんだけど、僕はそれに反対で、家族を思いっきり非難したらいいと思うんですよ。そうしないと本人が言いたいことが言えない。だから、そこは一回くぐるべきところだと僕は思っています。

―さっき、しかるときが必要だとおっしゃっていた。

ええ。ある自助グループの主催者の方も、あの家ひどかったけど、自分の家族をまあまあいい家族だったなんて言って、仲間からすごい批判されたと言っていた。「あんた、きれいごと言うんじゃないよ」って言われたって。僕も全くそう思う。だから、ひどかった家族に対してはひどかったと本人が言えたほうがいいんですよ、一回は。
家族を批判してはいけない、批判してもしようがないと最初から言う医者は、僕はまずいと思います。

―なるほど。家族が原因でないけれど、本人が家族に対して言いたいことを言える関係づくりは必要だと。

そうですね。そこが言えた上で、特定の家族から病気が発症することはないよという意味であって、本人がいっとき思いっきり家族を批判してはいけないという意味では絶対ない。それは本人の権利だと思うし、ひどいお父さんだったらひどかったと言うべきだし、物分かりのない母親なら、あんな母親嫌だったって言えたほうがいいと思います。

―私、実はすごく疑問だったんです。私も含めて摂食障害の仲間たちの多くは明らかにしんどい家族の中をやってきているのに、家族関係についてはっきり言う人が少ないのは何故だろうと。
たぶんそんなところからはプラスの方向に 行かないからとか、親御さんが傷つくからなのでしょうか。

そうそう。家族が原因じゃないとしても、反省したほうがいい家族はあるんですよ。僕は家族が無罪放免されることには反対ですね。やっぱりひどい家族はひどい家族としてちゃんと反省しなくちゃいけない。ただし家族非難に終始しちゃうのは、やっぱりまずいと思う。

―その上で、ではどうしていこうかということですよね。

こういう家だったら子どもは病気になるというトーンの方もいらっしゃいます。それはちょっとまずいかなと思いますね。

―特定の家族から生み出されるものではないということですか。

そこが難しいんだけど、本人の性格とか本人のいろんな経験とか家族とか、全部が総合して破綻を来したときに、 病気は起きるんですよね。みんなが一緒になって破綻したんだと思いますね。本人のパーソナリティーの問題とか、学校のいじめとか家族とか、全部無視できない。それがどこかの緊張で歩み合っていたのが、パチンと切れたときに疾患として出てくると思います。

原因と言われると難しいけど、総合的な問題で破綻している。だから、そこをていねいに聞いてあげる。

まず修復する前に自分の破綻している事実がわからないといけないし、ひどい父親だったことを自分で言えなきゃいけないし、学校のいじめで教師の対応がひどかったらそう言えなきゃいけないし、言えて初めて自分で修復しようという気になるんじゃないですかね。

だって、周りがみんな、あなたの家はいい家だって言っていて、子どもから親子関係を修復しようなんて思えないですよね。あのお父さん、やっぱり問題があると言えて初めて、自分がこの親子関係を修復していこうかなという気持ちになれると思いますね。

世の中全体の幸せ追求ムードは、子どもにとって大変

―本の中ですごく印象的だったのは、家族は治そうとすることよりも、治った後の安心できる環境をつくるのが役割だとおっしゃっている部分です。何らかの家族の要素が辛い思いになったかもしれないけど、家族という場所には希望もあるよと。

家族会はまさに待つことなんですよね。
本人が治そうと思ったときに、わかった、じゃゆっくり待ってるよと言えることに家族同士のつき合いの意味があると思っているんです。家族が焦って早く治そうと言っても、まずうまくいかないわけで、どうやって家族が待てるかということですね。
本人に非難されてもゆっくり受けとめてほしいし、反省すべきところはして、理不尽なことを言われたら家族も反応していいし、そうやってお互いが言いたいことを言い合ったほうがいいと思ってます。

―まさにお互いが言いたいことを言い合える関係づくりということですね。

私が家族の問題を指摘したり、家族へのアプローチを重視した発言をすると、「完全な家族はない」と言う反論がときに飛び交ってくるんですが、摂食とか思春期の病気で問題になるのは、夫婦仲が悪いことではなくて、家族内に問題があることが言えないということなんです。

つまり、お父さんが怖いということが言えていればいいわけです。言えない家が問題なんだね。あるいは、うちの両親は世間からかなりいいふうに見られているけど、私はそうでもないことを知っている、これが一番まずいんですね。

決して家族の幸福度というのを計っているわけではなくて、あくまでも家族の葛藤を本人が一人で背負って人に言えないことが問題ですね。開けっ広げに言えていれば、あるいは友だちに言えていれば、ずいぶん子どもは楽だと思います。

ここに来て「うちのお父さん、普通」と言う人はだいたい言えていません。普通と思いたいというか、「普通」と人には言ってきたんでしょうね。でも半年もたつと違うことを言いますから、違うんですね。

―本にも書いておられましたね、ここもすごく印象的だったんです。完璧な家族なんてもともとないから、不完全でよくて、その不完全を認め合う。

お父さんに欠点があることを言えればいいんだけど、言えない。摂食の子どもたちは両親に気を遣っていますよね。必要以上に気を遣っている。それが負担ですかね、やっぱり。

―優しいんですよ。

というか問題を背負っちゃうんだな。全然背負わない子どもは早々と家をさよならして、どこかへ飛び出しちゃったり非行に走ったりしてます。非行に走らない子どもは自分で抱えますね。

―そうですね。外に向かわないで、自分の内側に向かう。

全くですね。そうすると、やっぱり辛いですね。
世の中全体が幸せ追求ムードですから、自分の家だけ幸せでないということは、それは今の子どもにとってははなはだ大変なんです。その世の中の雰囲気は強いかな。

―もしかして親もその雰囲気に振り回されている。

子どもの不幸を許さないという感じになっています。
よくあるじゃないですか、「この家から摂食障害が出るなんてあり得ない」と言う親がいますが、そういう親こそ一番困る。全く自覚がないわけです。それは家族が原因という意味ではなくて、反省がない。

反省すべき家族は反省したほうがいいというのが僕の主張です。そこは本人のために譲ってはいけないと思う。それを譲ると本人が救われない。つまり、批判できないからこそ内に向かっているわけで、摂食の人たちは人を批判する権利があると思う。ひどい医者を批判してもいいと僕は思う。

人を嫌ってはいけないと思っている人がいる。でも、世の中には嫌いな人と好きな人がいるんだから、ある人が嫌いなのは当たり前なんです。でも、親を嫌うのはとても辛いから、普通はできません。 だいたい子どもは親が嫌いじゃないのだから。

親が無理解だったら無理解の上でやるしかないんですね

―私のイメージでは、家族会にいらっしゃるような親御さんは、協力的に積極的に親身に子どもとかかわっていくタイプの方が多いかなと思うんですけど、中にはそうはいかない親御さんも…。

ずっと来てもらうにはこちらのテクニックもあるんですが、最初から嫌だと言う人もいる。それは子どものために努力したくないんですね。子どものことより自分の見栄が優先です。

―そういう場合、その子どもはどうしたらいいのでしょうか。

それでも、元気になっている人もいるんです。
この間、東京でテレビ番組に出演したとき、ある自助グループの人に会った。一人が僕を覚えていて声をかけてくれて、びっくりしました。

僕が昔ここで診ていた人なんです。ひどい家だった。お父さんがアルコール依存症で暴力的で、とってもひどい家だったんです。彼女、回復しているんだよね。わかんないものだと思いましたね。力強かったです。ちゃんと自助グループに通って、 仕事もしてるんです。それを見たら、頑張って偉かったなー、人間ちゃんと元気になるんだと思いましたね。だから、中途半端な家族よりもよかったのかなと思いました。

もちろんその人にも力強さはあったんだね。家族が無理解な分、仲間を見つけられたかもしれないし、わからないですね。親が無理解だったら無理解の上でやるしかないんですね。中途半端な理解は本人の回復を妨げる場合もあるでしょうし。

回復には、ある意味で必死さが必要だと思います

―結局、本人の回復力ですね。

それは大きいです。どこかで「よし、やるぞ」と思わないと、難しいんじゃないですかね。幾つも施設を渡り歩く人も難しいです。あの病院に行ったら治るとか、そうはうまくいかないです。僕が2時間聞いたから、症状がおさまるかというと、そうもいかないです。
そこは謎だけど、どこかで本人が必死になってくれないと難しいです。

―症状を抱えている時点で必死なんだけど、その必死さがふっと回復のほうに向かったときに、すごい力で回復していくのかな。

それこそ僕は100人の摂食の人に聞いてみたいわけです。あなたは何がきっかけだったかって。
僕の患者さんに 何となくよくなっている人がいるが、よくわからないんです。3、4回来てよくなる人がいる。初期の人でパーッとやめる人もいますよ。

拒食だけの若い人は、数回話しして食べるようになる人もいます。完全に元の体重に戻るわけではなくて、ある程度やせ型のままで経過する人がいたりします。

―今まで先生はたくさん診られてこられたと思うんですが、その中からご本人になにか「こうすればいいよ」というものはありますか。

もちろん仲間との出会いは大きいと思います。
僕は甲府で摂食障害の自助グループの「ピアグループ」が始まって ずいぶん楽になりました。

自助グループは山梨県で何回もできかかってつぶれてを繰り返して、あと、うちの臨床心理士の女性がEDミーティングをずっとやってくれているんです、2週間に1回。でも、医療者側の司会だから何か違うのかもしれない。完全な自助グループじゃないわけです。

家族会のほうもぼくたちが司会をするので自助グループではないのだけど、家族は自助グループじゃなくてもいいんですね、きっと。僕らが司会をしていても、世代が同じせいもあるのかな、何となくうまく改善している。

でも本人のグループは、本人たちがやり始めて、初めて飛躍できました。それは大きいです。だからあそこに「私は大丈夫よ」という人が2、3人いるとずいぶん違うと思う。

―いわゆる先を行く仲間ですね。

そう、ずいぶん違うと思う。あと、引っ張っていってくれる人がいると、違うと思いますね。

―回復できるなんて思わないですものね。それが実物がいるんですから。

そう、それは大きいと思いますね。10年やっている人はこれでいいと思っている人が多いから、それは僕ら治療者では難しいですね。僕が何か言うと「そんなこと、わかっているわよ」とか「そんな簡単に症状止まるなら来ていない」とかになると、こっちもそれ以上何と言っていいかわからなくて困ります。

アルコールの場合はとにかく「自助グループに行け」という神の一言があるわけです。伝家の宝刀かな。それがあるんですが、「どうすればいいの」と聞かれたときに、摂食の場合はそれがないんです。そういう意味で自助グループができてほしいと思います。

―仲間ですね。

仲間は大きいと思う。摂食の人はたまに恋人を見つけて、一生懸命に二人で元気になる人もいらっしゃいますね。

―そうですね、結婚してとか。

これは微妙な問題で、公にならないけど事実としてあると思っています。つまり長年苦労して病気やっていて、男見つけて、今まで何やってたのということになるんだけど、事実としてはある。これを残念と思うかよかったと思うかなんですが、ありますね。僕の知っている中でもあります。これは病気をどう見るかにもかかわってくるわけです。そんな簡単に症状が消えるのかということになるでしょう。難しいなー。

―結婚なり恋人の存在なりで症状が治まった場合と、そうじゃなくて苦渋の思いで何とか回復したという人の間には、何か差があるとお考えですか。

確かに恋人が消えたら元に戻るときはありますね。ただ結婚して夫がいい人で、ずっと夫がサポートしてくれて「よし、大丈夫」と続いている人もいます。ただ、その先はどうなるか本当にわからない。

―底の底まで行って浮き上がってきたら大丈夫だけど、中途半端なところから浮き上がってくると、何回も繰り返すケースもあると。

あるかもしれません。やっぱり必死になって得たものは違うでしょう。
よく医者でも、自分が苦労して覚えた主義は身につくというんです。それはあるかもしれませんね。自分の自信になるわけだから、大きいかもしれません。そういう意味で必死さは必要だな。それがないと難しいんじゃないですかね。

―もしかすると、落ちるところまで落ちたほうがいいんですかね。

でもねー、自分の症状は大事なんだけど、やっぱり嫌だという感覚もないとだめですね。食べ吐きはその人にとってある意味で必要だったけど、それで救われてきた面があるからこそいいんだけど、でもやっぱり嫌だ、ここから治りたいという気持ちがないと難しいですね。
「どうせ私は…」と思っていると、アルコール依存症と同じで、いつまでも止まらないと思います。

―諦めみたいなものということでしょうか。

そう、自分への諦めが出るとだめですね。「自分はどうせこうやって10年やっていくんだ」と思うと、だめだと思います。どこかで踏ん切りをつけないと、だめなんじゃないかな。

少しの勇気と意地と、孤独から抜け出してみること

―ここに足を運んで先生にお話を聞いてほしい気持ちがあっても、物理的に難しい方もいらっしゃると思います。そういった方々に何かメッセージをお願いします。

僕、いつもアルコールの人に言うのですが、勇気なし、意気地なしが病気になるのではないけど、少しの意地と勇気がないと治らないと思うんですよ。

孤独な人が病気になるのではないけど、逆に少し孤独から抜け出さないと治らない。つまり仲間がいないと治らない。仲間のいない人が病気になるのではないけども、治ろうとするときには仲間がいないとだめだと思うんです。

物言えない人が病気になるわけじゃないけど、治るときには周りに多少物がはっきり言えてないとだめです ね。そういう自分に鍛えないとだめだと思うんです。

病気になる経過と治る経過は必ずしも逆じゃない、同じ道をたどるわけじゃない。何か自分に頼りないもの があるから病気になるわけじゃないけど、そこから脱出するときには自分にプラスのものを背負っていかないと治らない。それは自分で見つけないとだめかなと 思います。

だから勇気とか意地とかは必要だと思う。よくAAでは強情と意地では治らないと言うけど、でもやっぱり意地は必要だと思う。多少の意地がないと。

―意地というのは、誇りみたいなものですか。

そう、全くそうです。いつまでもこの境地にいないぞというものがないと。
そして家族は適当にあてにする。家族は山登りの鐙(あぶみ)、梯子(はしご)、縄ばしごみたいなもの、つまり補助具だね。家族はあれば便利、その程度のものだと思うんです。

僕は家族会を一生懸命やるんだけど、家族がこうしなければ本人は治らないというのでは決して決してないんです。あくまでも補助具に徹して、家族はこの程度のことをやればいいんじゃないのという意味なんです。決してそれ以上ではない。ただ、本人が嫌がることはするなということです。

つまり、家族があまり嫌がることをすると本人の意地がくじけるから、それはやめてほしい。厭味を言う家族が多い。厭味は言わないほうが人間関係のためにはいいので、厭味を言いたくなったら家族会で言いましょうということです。

ほかにご本人にお伝えしたいのは、自分の意見を持ちなさいということかな。嫌いな医者に会っても回復する人はするし、好きな医者に会ったから回復するとも限らないけど、好き嫌いははっきりしていたほうがいいと思います。

ただ、いつまでもやってる病気じゃないよと言いたい。ここで12年間いると、いつまでもやっていないで、治りたいときにちゃんと治りなさいと言いたいですかね。

きっかけが来たら、自分で気がついてそのチャンスをつかんでほしい

だけど僕は本人に一人一人聞いてみたいです、「どうして治ったの」と。
僕は本人じゃないからわからない。治療者ってそういうものじゃないかと思う。相手の家族のことは知った、本人の性格も知った。でも、どうしてよくなったかは、僕にはわからない。それが僕の正直な印象です。

―それはずっと診てきているから、逆にわからないところもあるんですかね。

そうかもしれないけど、わからない。しょせんそこがブラックボックスなのかもしれないけど、わかんないですね。
アルコールなんかも、ふとしたきっかけで酒をやめていくんです。こっちが「あれっ」と思ったようなきっかけでやめていくんです。3回目の入院であれだけ飲んだくれていたのに、4回目の入院で急にやめるのかと思うぐらい、急にやめちゃうんです。

―タイミングというか、先生は症状が出始めたときから回復だと書いていらっしゃいますが、蓄積があって、見えないラインをひゅっと越えたときにパッと治るんですかね。

アルコールもそうだけど、「もうこの症状は嫌だ」と思うときがあるみたいです。「ああ、もう嫌だ」、それがチャンスです。それは大事ですね。「そうか、今、本当に自分の症状が嫌なんだな、もう病気は嫌なんだな」という感覚をつかまないと難しいんじゃないんですかね。
繰り返しですが、症状に意味があった、でもやっぱり嫌だということがないと、難しくないですかね。

―私も自分のことがわからないです。後から考えても説明できない。

村田さんは一人でよくなったんですか。

―私はずっと家を出て転々としながら15、16年間泥沼で、最後に実家に帰ったんです。しばらく引きこもっていたんですが、「外に出たい」と思う瞬間があった。それも蓄積じゃないかな。うまく説明できないですが。

目に見えない蓄積という意味ですね、ランダムな。

―ただ、一つはっきりしているのは、孤独は恥ずかしいこと、コミュニ ケーションが下手なこととかは恥ずかしいことだと思っていたんです。価値がない人間と思っていたのが、孤独な自分もOKだとか、深いところのコンプレック スは、それでいいんだと思えるようになって、そういう大きな変化がありました。

わかるなー。自分の持っている肯定的なものに気がつかないと、だめなんでしょうね。そういう意味できっかけは何でもいいんだけど、きっかけが来たときに自分で気づかないと難しいですね。

自助グループは大きいと思います

―なかなか答えがないので、だからいろんな方にお話をお聞きしています。

摂食はまだまだ未解決な部分が多い病気なんです。まだ未開拓な分野だから、どうやって治るかはっきりしていな い。
アルコールみたいに全部の医者が「自助グループに行け」とか、そういう感じじゃないわけだから。本当にていねいに話を聞けば治るものじゃないというのが僕の実感です。

僕のところに何年来ても、よくならない人はよくならないし、こんなにガリガリにやせていてどうしようかと思っていた人が、2、3年してうわさで元気にしていると聞いたり。

―アルコールは自助グループに行けというのが鉄則ということですが、摂食の場合もいつかなにか鉄則のようなものが出てくるんでしょうか。

回復する人が出てくれば、自助グループは大きいと思う。
僕には一つの希望があります。もっと自助グループがしっかりしてほしいという望みがある。ああいう肯定的なモデルは意味があるんじゃないですかね。

ただ、女の人には結婚だ出産だといろんなことがあるから、 男性のアルコールのようにはうまくいかないわけで、ああいう伝統がつくられるには長い年月が必要なわけでしょう。それが難しいですよね。結婚したらみんな 離れていくわけだから、いつまでたってもグループとして大きくならないけど、あれはとても大事なことだと思います。

―そうですね。でも、回復した人で何かしたいと思っていらっしゃる方は意外に多くて、苦しかった経験を生かして、今しんどい人の何か力になれたらという方とつながっていったら、何かできるのではないかと思ったり。

いづさんもそうなんですね。

―私もそうです。

金沢には何人かいらっしゃるんですか。

―回復した方もそうですし、症状を持っていても人の役に立ちたいとか、そういうみんなで未来蝶ネットに出てくるいろんな作業を分担していこうと試行錯誤したり、いろいろ試みはしています。難しいんですが。

やる意味はありますよね。

親御さんは、他の家族に会ってほしいと思います

―親御さんも苦しんでおられる方が多いと思います。なにかメッセージをいただけますか。

近くにいたら家族会においでと言えるんですが、遠くにいる親はどうしたらいいんだろう。
やはり、ほかの家族に会ってほしいと思います。
本人がようやく症状という形で自分の気持ちを出していることがわかって、だからゆっくり待って、本人がしてほしいと言うことをしてあげることですかね。本人が気にいった病院を 見つけて行きたいと言ったら行ってあげる。あとは病気をばかにしないことですか。

僕、家族会でよく言うんですが、くれぐれもリストカットとか自傷行為とか 病気を軽蔑しないでほしんです。僕が唯一親に求めるのは、それかな。症状を軽蔑するなということ。軽蔑さえしなければ子どもは立ち直ると思う。でも軽蔑する親があまりに多いと思う。見ただけで「何をくだらないことを」と蔑んでしまう。とうとうこんなところまで子どもが落ちたかというふうに思ってしまう親が多い。そこだけは反省してほしい。

あとは、親の立場をわかってくれる治療者でもいいし仲間でもいいし、だれか見つけること。僕のところには長野や神奈川からも家族は来ます。多いときで17、18人、少ないときで10人ぐらいです。で、2時間で終わらない。みんなでしゃべっていくんです。

―定員みたいなものはないんですか。

全然ないです。

―では、来られる方はいらしてくださいと。

ええ、予約も何もなしで来てもらっているんです。人数も、まだまだ余裕があります。

―来られる方は、ここに足をお運びになるのも手ですし、とにかくほかの家族に会ってみてほしいということですね。大河原先生、今日は長い時間、貴重なお話をたくさんありがとうございました。

 

大河原昌夫さん プロフィール
大河原 昌夫(おおかわら まさお)

精神科医 財団法人住吉病院(甲府市)副院長

1947年東京生まれ。通信社記者として、東京本社文化部、北海道釧路支局に勤務したのち、1986年、東京医科歯科大学医学部卒業。
ゆきぐに大和総合病院(新潟県浦佐市)、四倉病院(福島県いわき市)、高月病院(東京と八王子市)、長谷川病院(東京都三鷹市)勤務を経て、1997年4月より現職。アルコール依存症、摂食障害の家族の会に長年係わってきた。
著書に『家族への希望と哀しみ』(2004年 思想の科学社)など多数。