平成21年7月、「あの(この)苦しみを、言葉にしてみよう」というテーマで、金沢、大阪、東京にてあかり トーク(座談会)を開催しました。テーマは同じでも、参加メンバーによって語られる内容が変化したり、逆に、とても似通った共通点があったり…。同じ摂食 障害でもここまで感じ方が違うんだなあと発見したり、こういうところ、似ているなあと共感したり☆
いろんな方の体験からあなたにとってのヒントが見つかることを祈りつつ…。金沢の模様に続いて、今回は大阪での内容をお伝えします。

摂食障害、苦しいよ、大変だよ!
だけど、どんなに大変なのか、人にうまく伝えることがなかなかできなくて、それがまた、苦しかったりして…。
だから、今回のあかりトーク in 大阪は、『どんなに苦しかったか』『誰に伝えたかったか』を話し合いながら、ひとに伝える言葉をみつけていけたら…そんな思いを込めて開催されました。
話はどんどん広がって、膨らんで…まだまだ時間が足りないなあと感じた三時間。
最後はみんなで欲しい言葉のプレゼントをしあって、ほっかりとした気持ちで家路に着きました。

(2009/12/26)

 

プロフィール

かつら:かつらです。わたしは高校生のときにクラブを引退してから「太ったら嫌だな」という思いから始まった感じです。拒食から始まって、晩御飯を抜いたりしてい たら、だんだん痩せていって、姉に着替えてるところを見られて「あんた骨みたい、気持ち悪い」って言われてもわたしは自分の姿を見て、「なんで?わたし かっこいいやん!」て、そのときはずっと思ってて。しばらくそんな拒食の時代があって、看護学校のときもずっと拒食で、就職した段階から過食に転じてそこ から食べ吐きを繰り返してました。はじめは、何となく知識はあったから、そうかなあと思っていたけれど、自分で病気だとは認めたくなくて。それはお酒を多 めに飲むとかちょっとタバコを吸うとかと同じで「すぐにやめれるねん」って思ってたんだけれど、やっぱりもう、どんどんどんどん深みに入っていって…。そ れで、「ああこれはアカンな」って、ある日突然ふっと、「わたし摂食障害や」って認めちゃって。それからは、自分の中で何が起こったんやろうかっていう形 で掘り起こして、ちょっとずつちょっとずつ自分を見つける作業をしました。その自分の見つけ方もやっぱり波があって、すごく深みに入ってる時期もあった し、でも気分のいいときには治そうかなって思えたりを繰り返して、ほんっとに少しずつ自分探しをしていって良くなっていったという形。でも今、回復をして 7年目ぐらいになるんですけど、それでも調子が悪いときにはやっぱりあの頃の自分にふっと戻ってしまうような感じがあったり、症状はないけれど「もしかし てまた戻るかもしれん!」って怖くなるときもあって、まだまだ自分っていう土台がしっかりしてないんかなあって。いまだに自分探ししてます。

めぇぐ: めぇぐです。中学3年の14歳のときに拒食になって、10年くらい摂食障害と向き合ってたんですけど、1年くらい前に自分の中で気持ちの整理がついてき て、回復したって感じてから1年くらい経ちます。今はいままでの経験を活かして、摂食障害と向き合っている方のサポートをしたいなと思って心理カウンセ ラーの勉強を始めています。資格取得後、カウンセラーとして活動していく中であかりプロジェクトと繋がることが出来ると、とても心強いです。みんなで協力 して仲良くやっていきましょう!よろしくお願いします。

みえっち: みえっちと言います。わたしは14歳のときにストレスでご飯を食べられなくなって、そこから、このまま食べなかったら痩せれるんじゃないかってふと思っ て、それから半年くらい拒食があって、その後すぐに過食が始まってしまって、吐かない過食が続いて、あるときまた、吐いたら痩せるんじゃないかって思っ て、それからは今もずっと過食嘔吐が続いて悩んでいます。過食嘔吐がもう慣れてしまって、日常になって、危機感はあるんですけどなぜか繰り返してしまう。 抜け出せずに悩んでいるところです。こういう活動を通して、自分が変わっていけたらなって思っています。

レイカ: レイカと申します。わたしは昔中学のときに少し太めでいじめられたんで、それで中学高校とダイエットをしたんですね。そのときは無茶なダイエットではな かったのですが、社会人になった時に仕事のストレスで過喚起症候群というのになって、その辺りからストレスで食べるようになって、そこから太るのが嫌で吐 くようになりました。その期間は、彼氏と過ごしたり料理教室に行ったりスポーツジムに行くことで発散できて症状は数年で終わりました。それが、24歳で結 婚して、子どもができて育児ストレスからまた食べ吐きがはじまったんですね。夫は残業で明け方に帰ってくるし、自分は子どもとずっと家にいてないといけな い。誰にも頼れないというところで、育児ノイローゼみたいになって。それでだんだん、次は食べられなくなって、30キロを割るところまで体重が落ちまし た。でも、周りからは厳しい言葉をかけられるばかり。病院にも行けず、実家に帰れば働きに行けと言われ、気づいたら20キロまでになっていて、病院に入院 する時に離婚をしました。親はとにかく太ってくれの一点ばりで、わたしは、そういう問題じゃなくて内面を見て欲しいと言うんだけれど、見た目さえ健康なら いいねんと跳ね返されて、そんな中、今度は食べ吐きがひどくなりました。食べることを、どうしても止められないんです。いまは、最近まで勤めていた会社を 辞めて、家で過ごしています。仕事のストレスで食べるということはなくなったものの、それでも食べ吐きはひどいです。毎日しています。何かに依存するんで はなくて、自分自身の楽しみの時間を増やしていけたらいいなと思っているんですが…。過食は毎日です。

saahko: わたしが摂食障害になったのは、高校一年生のとき。受験が終わって安心してちょっとふっくらして、「ああこんな自分じゃあかんわ」というのをすっごく感じ て、「ダイエットしよう」って決心して、それから夏休みいっぱいにかけて、一日500キロカロリーしか摂らないような生活を続けて、夏休みが終わって学校 に行ったら別人みたいに痩せてて、クラスの友達からも「saahkoほんとにsaahkoなん?」ってなって。でもわたしの中では自分の思っているとおり に痩せたし、活動的にもなれたし、勉強もはかどるし、これはすごくいい状態だと思っていたんだけれど、でもやっぱりそのうち、高1が終わる頃にはなんだか 人の目が怖くなるようになって、その後実家の山口県のほうに転校するのだけれど、転校してから、勉強も「そんなにがんばらないでおこう」って自分なりにい ろいろ決意して実家で過ごすんだけれど、吐かない過食を5年くらい抱えて。高校出てから、食べられない欲求を、お菓子をつくることで満たすというか、製菓 技術の専門学校に入って、続けてその姉妹校の栄養士の専門学校に行って、頭の中も、自分のプライベートでも「食べる/食べない」「痩せる/太る」ばっかり 考えていて、学校でも食物のことばっかり習って、家に帰ってきても食物関係のレポート書いてとかで、それで、「わたしはもうだめだ!このままじゃ死んでし まう」って思って、専門学校を中退しました。それから自分探しの旅が始まって、3年かけて自力で治しました。治ってから14年くらい経ってるんですが、今 は結婚して子どもが2人いて、家の用事や子ども達のことでバタバタバタバタ過ごしています。今日は参加できてよかったです!よろしくお願いします。

いづ: いづです。わたしは中学校2年生くらいのときに、自分でもおかしいと思うのに食べ続けてしまう症状が始まりました。学校から帰っておやつを食べるとそこか らもう止まらない。それがなんなのか自分でもよくわからず、親に相談しても成長期だからと言われて、いや絶対違う!これはなんかおかしいって思いながら ずっと訳がわからずに、大学生までものすごい量のものを食べ、でも太っていくのもすっごく怖いしつらいし、3日間食べずに居てみたり、運動したり、りんご ダイエットしてみたり…。そんな感じで過食まみれの中高大学時代でした。就職してから吐くことを覚えて、それから10年くらいかな、過食嘔吐してました。 回復したなって自分で感じて2年くらいなんですが、今から考えてみるとすごく回り道っていうか、ほんとに食べ物のことをどうしようっていう思考回路しかな くて、食べ物に振り回されて…さっきレイカちゃんが根っこのものって言ってくれたけれど、もっと早く根っこのものに気づいていればあんなに長く苦しまな かったかもしれないって思ったり…。わたしの場合はお家の中の雰囲気にすごく切迫したものを感じながら育ってきて、その体験の影響だと言えるところもあっ たりして、両親のことがすごく憎らしくて、許せないって思って、あんたらのせいや!っていう時期もあって…。でも、小さな頃からなぜ両親があんなに苦しそ うだったんだろうって思ったら、両親が悪いわけではなかったんだなって思えてきたというか、大変な状況だったけれど、だからと言って決してわたしや妹への 愛情がなかったわけではなかったという気付きや、両親も苦しい親に育てられてきたのかもしれないし、妻はこうで夫はこうで家族とはこうでっていった窮屈な 価値観の中でもがき苦しみながら生きてきた人たちなんだなって思って…。それで、そういう価値観とか風潮とかの枠が少し広がれば、こんなに苦しい思いをす る人も減るのかもしれないって。それでみんなで力を合わせてなにかできたらなって、そんな風に思っています。

 

ここに居てはいけないような、申し訳ないような感じ

 

いづ : さて、一応用意してきたテーマはあるんだけど、大体決めててもいつもそれていくから(笑)。自助グループだといいっぱなし聞きっぱなしが多いと思うんです が、今日はわたしが進行役をさせてもらって、いろんなことをみんなで語り合いたいなと思います。苦しさとか感情を表現する言葉を見つけることができたら なっていうのと、その言葉を伝えたい人に伝える方法をみんなで考えることができたらっていうのが、まあ大きなテーマです。一応頭に入れながら(笑)。今日 はどうぞよろしくお願いします。では、いま症状がある方はそれがどんなに苦しくて大変かを言葉にしてみる、症状がもうない方もいま息苦しさを感じておられ るならそのことを、それかあの頃どんなふうに苦しくて大変だったかをお聞かせいただけますか。

saahko : わたしは今現在のことを。摂食の問題もかなり根が深かったんだけれど、わたしの中で、自分しかわからない「声」の問題っていうものがあって、それがものす ごく根が深くって。去年一年いろんなことがきっかけですごくへこんでいて。でも仲間に出会えたり、自分の居場所が見つかったということで良い方に向かって きてるんだけれど、でもどうしても電話が苦手で…。いまパートを探しているんだけれど、一つ、目をつけている仕事があって、決まってほしいんだけど、「電 話がかかってきたらどうしよう」とか、「電話でうまくしゃべれなかったらどうしよう」っていう不安でいっぱいで。でもそれがね、解決したの。子どもがサッ カーをやってるんだけれど、コーチの言葉を子どもと一緒に聞いていて、「失敗してもいいねん、失敗はしに行くねん。待ってたら何もおこらへん。10回やっ て1回うまくいけばそれでええねん!」っていうのを聞いて、すっごくびっくりして!「え???失敗してもいいの?」って。いつもどちらかというと、例えば 電話だったら、「ちゃんとしゃべらなくちゃ」「上手に言わなきゃ」って…。多分親に、小さいときからずっとそう言われて育ってきたのもあるんだろうなと思 う。「ちゃんとして」とか「しっかり言わな恥ずかしいよ」とか。だから、しゃべることだけじゃなくて、何のときでも新しいことをするときは「失敗したらだ め、きっちりしよう!完璧じゃなきゃ!きっちりかっちり完璧に!」って自分に求めてしまって。。。

レイカ : それがしんどいね。。。うーん、わかる!

saahko : そうそう、それがしんどいねん。

いづ : どんな風にしんどいの?

saahko : うーん、どんな風にしんどいかなあ。それが例えば摂食時代の拒食期と同じで、完璧にこなせてやれているときはいいんですよ。やれているから。でも、それが 崩れて出来なくなったときに、「わたしもうあかんのや!」ってなんだかもう、自分の全部がダメになったような不安な気持ちになるし、わたしはそこに居てい いのかな…って。これまでいろんな仕事を転々としてきたんだけれど、入ってしばらくはがんばって仕事するんだけれど、仕事中にも暇な時間とかが増えてくる と、「わたしここに居ていいんだろうか」とか、「役に立ってないんじゃないか」とか、ここに居たらいけないような気持ちになったりする。だから、コーチの 「失敗しに行くねん!」っていう言葉を聞いて、気が楽になったのと、多分新しい職場に行ってもきっと「わたしここに居てもいいんやろうか」って気持ちが顔 を出す時が来ると思うから、「わたしはここに居ていいんだよ」って自分に言い聞かせながら過ごしていこうって、今、自分なりに突破口を見つけた感じです。

いづ : ここに居てはいけないような感じ…みえっちさんはそんな気持ちになることありますか?

みえっち : 自分が居たらつまらないんじゃないかってすごく思う。すごくネガティブな思考になる。

saahko : そのままの自分でいたらダメなような、なんとなくすごく居心地の悪い…わたしは小さい頃から家の中でそれを感じてたの。そのままの自分でいたら置いてもら えへんような感じ。カラ元気でも大げさにうれしがらなきゃいけないし、怒りたいことで怒ったら多分怒られるし。すごく、人といることにしんどさを感じる。

いづ : わたしと居たらつまらんのじゃない?という感じ、わたしもすごく共感するんだけれど、そのときの感じってどう説明すればいいんだろう。

みえっち : うーん、なんか、申し訳ない感じ…かな。なんて言うのかな?

saahko : 「申し訳ない」っていう言葉なんだけれど、その「申し訳ない」って言葉が自分にパンッと植えつけられいてる感じがあった。それをたどっていくと、それが出 来上がった大事件があって。それは、ピアノをやめたこと。母がピアノの先生で、この家でピアノをやめることは絶対いけないってずっと思っていたのに、やめ たから…その申し訳ない気持ちが、パンッて根底に入り込んだみたいで、多分その気持ちが、ダイエットにもつながっていったと思う。

めぇぐ : ここに居てはいけないっていう感じは小さいときからずっとあった。両親がすごく仲が悪かったから、両親がけんかするのは自分のせいやってずっと思ってて、 だから今でも、親に対してはすごく申し訳ないとか、両親を怒らせないためのことを考えたり、どうやったら両親が仲良くやっていけるかをずっと演じてきた。 けんかしたら自分のせいやって、申し訳ないって思いながらずっとやってきて、今もそれはずっとあります。何が申し訳ないとか何が悪かったとかは特定できる ものはないんですけど、その気持ちはずっとあります。

レイカ : みんなの話聞いてて、全部共感するというかうなずくことばっかりだったんですが。わたしも同じ、申し訳ないって感じを抱えている。家も両親がけんかするん ですよね。貧しかったから母も子育てとやりくりで大変やったんだろうけれど、でも小さいときはわからない。お金のことで両親がけんかしてるとわたしはいつ も泣いてました。わたしがいい子にしてたら父と母とみんなで一緒に暮らせるんかなって。「もう離婚するわ!」って母が言うのがほんとに嫌で嫌でたまらな かったし、母はしつけも厳しくて、たたかれて、殴られて、外に放り出されて…今で言う虐待なんだけれど、小さいときはわからなくて、自分が悪いから殴られ るんかなって…。自分に子どもができてからは、だから夫とのけんかを絶対見せたくなくて、いつでもわたしが悪いって言って丸くおさめてきた。わたしのせい です、ごめんなさいって。それで社会に出たり友達と居るときにもいつでも、嫌な空気を感じたり気まずかったりすると、わたしのせい?わたしがおるからみん な楽しくないんかな?って感じてしまう部分がいまだにあります。

かつら : わたしも二歳のとき、家が自営業がバタバタで忙しかったからこそやと思うんですけど、兄と姉は実家で、わたしだけおばあちゃんのところに預けられました。 毎週日曜日は実家に戻されて、月曜日の朝になるとまたおばあちゃんのところ。泣きながら、なんで一緒におさしてくれへんの???って。なんでわたしは一人 だけおばあちゃんのところに行かなきゃいけないの?って…。それで自分の中で考えて、「それはわたしが悪い子やからや」って答えを出してしまって、そこか ら、わたしはいい子にしないとあかんということで、今ここで笑ったほうが可愛いと思われるから笑うとか、ここで泣いたほうが可愛いって思われるから泣くと か、話の内容が子どもながらにもわかってるのに、わからない振りをしたほうが子どもらしくて可愛いから「え?なんでなんで?なにいうてんの?」みたいにわ からない振りをしたり。いわゆる大人の顔色を見る子どもらしくない幼児になってしまって…。そこから、自分さえ我慢すればよくなる、自分さえ我慢すればい いわって考えるようになった。わたしは悪い子で人よりも劣っているって、何もかもに自信がなくなってしまって、そういう劣等感みたいなものを抱えているか ら、気に入ってもらえるためにはわたしは我慢したらええねんって。イエスマンみたいなそういう風な子供になってしまったと思う。

いづ : みんなその部分は共通なんだね。申し訳ないとか…存在が申し訳ないみたいな…

saahko : そうそう、「わたしがここにいてごめんなさい」って言葉が、自分の中にあった。なんでやろね?いまは、わたしがおらんかったら子どもが困るしとか、ご飯つくらなあかんしとか、そういうところで、安定しているのかな?

かつら : なにかあったときに、でもわたし大丈夫かな?やっていけてるかな?とか急に不安になることがある。わたしも昨日今日の話なんだけど、子どもの幼稚園の役員 に4月からなってしまって、がむしゃらにやってたんだけれど、最近仕事を転職して忙しくなって、そこまで時間が取れなくなった。「転職したばかりなんです みません」とかなかなか言えなくて、ほかの3人には「ごめんなさい、その日は行けないんです」とかってやってたら、ボスママみたいな人がすごくわたしを責 めてきた。今までやってきたことが全部チャラになってて、「あんたはなんでやれへんの?」って…。説明しようとしても、上からかぶせるように、ぶわーって 「あんたすごくひどいことしてるんやで」って言われるから、そこで昔のあの感じが出てきて、「あ、やっぱりわたしってあかんのやわ」って。みんなに悪いこ として迷惑かけてしまってるって。三角座りして落ち込んで、子どもにママ大丈夫?って言われて(笑)。それで、どうしたらいいんだろうって考えて、どこか 突破口がないかなって思って、そのボスママの友達の人に電話して話を聞いてもらって、実はこんな状態でわたしがんばってるつもりなんやけどあかんみたい で…て話したら、「うん、やってるよ。わたしあんたがすごくがんばってるの知ってるよ。できてるやん」って言ってくださって。そのボスママはいろんな人を ターゲットにする人やから、いまターゲットになってるだけやから、過ぎるまで待っときって言ってくれて、すごく気持ちが楽になった。

いづ : そこでその人に気持ちを言えたのはすごいね!

かつら : そうそう、2週間くらい、ずっとずっと暗く落ち込んでいたから、このままではまた元に戻ってしまうって危機感があって、またあの泥沼に戻るわけにはいかんって。それで、誰かに言おう!って。

いづ : たぶん、10年前ならその方法も知らなかったし、できなかったんじゃない?

かつら : うん、昔のままのわたしだったらまた繰り返してたと思う。でも今は乗り越え方の方法を学んでいて、そこに気づけたから次に行けたんだと思う。ここまでは我慢できるけれど、ここからはもうぎりぎりやからもう人に聞いてもらおう!って。

レイカ : 人に聞いてもらうってことは大事だよね。

saahko : 昔の自分やったらああするしかなかったけど、今の自分は変えていけるからっていう出来事の連続やったかもしれない。新しい方法に気づいていけることってい うか。それを、今でもやっている気がする。昔の自分だったら超えられなかったけれど、今のわたしは行動に移せるというか。

いづ : わたしたちの根底にある居たらいけない感じとか申し訳ないっていう感じはまだあり続けているんだけれど、あるってことを知っているって感じはするね。

saahko : うんうん、そこに飲み込まれている状態と、あるってことを知って、外から見えることは違うね。でもね、あの申し訳ない感じも、それに至るまでのいろんな要 素や原因やきっかけがあったと思う。摂食に至る要素も。真只中の苦しいときは、わたしが悪かったんだってそういう方向に考えがちだけれど、そうじゃなく て、何かそうならざるを得ない原因があったんだと思う。

 

原因は思いあたりますか?

レイカ : 原因は、よくわからないんだけれど、今わたしは親と一緒に居てるんだけれど、なかなかわかってもらえなくて辛いです。あんたが悪いんやって、食べてるのも あんたやし、吐いてるのもあんたやし、自分から進んで食べ吐きをやってんねんって言われて…。そうじゃないのに!って。好きでやってるんじゃないのに!っ て。治す気がないんやろ!って言われて…。どう言ったらいいんやろって思っちゃう。

かつら : 食べ吐きの前に何かがあるから、それでとりあえず命をつないでる、精神的な情緒をつないでいるだけであって…

レイカ : それが、全然わかってもらえなくて、そんなんならもうわたしを殺してよ!って言っちゃったり。両親には正直すごく腹が立ちます。じゃあ出て行けって言われ ても、今のわたしには経済的な余裕もないし…悔しかったら働いてみろって言われて、もう苦しくて苦しくて、それが引き金になってまた過食嘔吐してしまっ て、そしたら、ほら、好きでやってるやん!って。。。もう、突破口がないんです。

かつら : なんとなく聞いてたイメージなんだけど、小さい頃はお父さんとお母さんがあれ食べなさいよ、ああしなさいよこうしなさいよ、それ以上食べたらおなか痛くな るでってそういうことがあって、それで急に、さあ自立しなさいよって、例えば思春期に、ちょっと一人でやってみる?ほな見とくわなっていう間の時期がなく て、そういう風に、急に離されたみたいな感じなんじゃないかと思った。

レイカ : ほんとに!すごく過保護だったんだけど、急に手を離された感じ。

かつら : なんで、その間をくれへんかったんやろ。間が欲しかったんだよね。大切な仕方も、超拘束。わたしの言うとおりに右も左も行きなさいよって感じでいたのに、いきなりつき離して…そんなんやったら自立できないじゃないですか。

いづ : レイカちゃんのところは、家族の状況がすごく厳しいね…。

レイカ : でもわたしは、ほかの人たちも一緒だと思ってた。これが普通なんだと思ってた。結婚も、親に無理やり強制されて、年収とか家族構成とか仕事とか、全部チェックされて…それで結婚が上手くいかなかったらまた、あなたが悪いって。

saahko : わからないけれど、できたら、ちょっと親から離れたほうがいいのかもしれないね。

レイカ : 姉からも言われています。お母さんちょっと普通じゃないよって。

いづ : 理解のない家族というか、伝えようとしてもわかってもらえない家族って居るんだよね。そういうときにどうするかっていう話、とても深いテーマだから、またあらためて話さない?

saahko : そうだね、そうしよう!

いづ : じゃあちょっと、さっきの話に戻るね。Saahkoさんが言ってた、摂食障害になったのにはそれなりの理由があったと、だから自分が悪い悪いっていきがちだけれども、決してそうではなかったってことだったよね。みえっちさんはどう思う?

みえっち : わたしは、まだ、何でこうなったのかっていう根本が自分でわかってなくて…。親とかも家族も、そんなに仲が悪いというわけでもなくて、普通に生活してきたと思うんだけれど。だから何でなんやろうって…。まだ、自分探しの途中というか…。

いづ : 摂食障害になったのは自分が悪いっていうような気持ちがある?

みえっち : ほんとに親に申し訳なくて…。ずっと吐いてることを言えなくて、ずっと黙ってたんですけど、これじゃあ自分も身体ももたないし言ったんですけど、でも、 やっぱりお母さんも経験してないからわからないんですよね。やめなさいとかって言われて…。実家に居たんですけど、親と一緒に居るとわたしが吐くのを見た りしてぎくしゃくするので、だから一人暮らしをしようと思ってこっちに来たんだけど、でもそれでも症状は変わらないから、なんのために来たんだろうとかも あったりするし…

saahko : わたしも苦しいときって、なんで自分がそうなったのかわからへんかって、親もわたしのためを思って育ててきてくれたから、愛されているはずやし、物とかに 困っているわけでもないし、でも、「この苦しいのは何やろう?」って思ってて…。でも小さい時からその家庭であたりまえに育ってくると、たとえば周りから 見て「絶対におかしいよ!」って中に居ても、そこで育ってきたから、そこに居るのがあたりまえやから、「苦しい自分が悪いんや!」ってなっちゃって、それ こそ突破口が見つけられへん…。何がズレてて何があるから苦しいのかっていうのが、あたりまえになってるから見つけられない。わたしはそれを、本を読むこ とで「いろんな考え方があるんやな」って知って行く中で見つけてこれたんやと思う。例えばこういう場所でいろんな人の話を聞いたりすることもすごくいいと 思う。

いづ : 狭いお家や、学校という閉鎖的で強制的な空間の中で植えつけられたというか育ててきた価値観というものを、自分のサイズに、自分の形に変えていく作業だったような…

かつら : お家のルールがあって、でも、自分の中に自分を尊重するなにかを作っていかないと…。それこそ本とか、人との出会いの中で、自分はこっちに行ったらいいんやって見えてくるのかもしれないね。

saahko : 小さいときには親に頼るしかなかったもんね。でも今はもう大人になって自分の力で歩いて行けるから、自分で作っていっていいんだよね。

めぇぐ : わたしも苦しかったときは周りが見えなくて、でも今その時のことを思ったら、あの苦しみがあったからこそ、あかりプロジェクトのことができたり、カウンセ ラーの勉強ができたりしているんだなあって思ってて、その苦しみから抜けきれずに居てる人たちに手を差し伸べたいってすごく思う。

いづ : 摂食障害の原因みたいなものは、あったと思う?

めぇぐ : 特定出来る原因というよりも、私の場合は育ってきた環境の中で受け入れきれない出来事がたくさんあった気がします。“摂食障害”で自分自身を包み込む事で、受け入れきれない現実から身を遠退けていたように感じます。

いづ : わたしの場合は、育った環境のせいにすること自体に罪悪感があったというか…。一般的に親には感謝しろっていう風潮の中で、親を悪く感じてしまう自分にす ごく嫌悪感があって…今は、家族を含めた環境にもその要因があったって堂々と言えるけれど、だからといって、親が悪かったわけではなかったという風に自分 の中でバランスを見つけたというか落ち着いているんだけれど、めぇぐさんはどうだった?そういうことはなかった?

めぇぐ : その環境に置かれて苦しかったけど、その苦しみを出せなかったし出す場所を見つけられなくて、気づいたら摂食障害になってて…。だから、苦しいときに相談できる人や場所に出会えていたらよかったなあって。

 

原因は思いあたりますか?

いづ : 苦しみを出せなかったのは、何でだろうね。

めぇぐ : 出したらダメだという気持ちがありましたね。何でそんなことぐらいで?って思われるのが嫌で、こんなん言ったら嫌われるってすごく考えてしまって…。この 人は自分のことをどういう風に思ってるかとか、そんな風にすごく考えてしまうんです。親に対してもそうだったし、嫌われるのがずっとすごく怖かったし…。 ほんとの自分を出せる場所ってすごく大切やと思います。

いづ : みえっちさんはどうですか?苦しい気持ちを出したらだめって思ったりしますか?

みえっち : 言えなかったですね…。やっぱり友達とかでも自分の意見を言うほうじゃなかったので、嫌なことがあったりしても、言わずに全部自己処理していましたね。

いづ : かつらさんはどうですか?苦しかったときに誰かに言葉にして伝えたりした?

かつら : 伝えられる環境ではなかったんです。一番苦しかった時は、親も離婚していて、母も更年期障害か何かで変になっていて、人のことを殴るとか、夜中に暴れて、 一人暮らしのわたしの家に父から助けを求める電話がかかってきたりとか…。かと言って職場に行ったら職場で、まだ看護師1年目だったので、仕事がそんなに できなくて、「何でこんなことできへんねん!」とか「看護師なったの、間違えてたんちゃうか!」とかいちいちカルテ投げられたりして、職場に行っては泣い て、泣く泣く家の人に相談しようとしても家の中もごちゃごちゃで、言える状況じゃなかったから、全部自分で飲み込んで。それで余計に過食嘔吐がひどくなっ ていって…。友達に言おうと思っても、明るいかつらっていうイメージから離れることが怖くて、看護師という立場上、摂食障害なのも隠さなきゃいけない気が して、みんなには明るくふるまっていた。先輩の看護師に相談しても、興味本位で根堀葉掘り興味しんしんで聞かれただけで、結局助けてもらえなかったし。ほ んとに相談できる人がいなくて、全部全部飲み込んでいかなきゃいけなかった。

いづ : 苦しい気持ちを言うことで周りがひいてしまったり嫌われるんじゃないかっていう怖さと、言ってもきっとわかってもらえないっていう怖さとが複雑に絡み合ってるような気がするね。

saahko : 「存在したらダメだ」と思っている自分やのに、そんな話を人に聞いてもらうことなんてできひんと思った。そのための時間をとってもらうのも申し訳ないし、わたしの話に付き合ってもらったり、一緒に居てもらうことさえも、すごく申し訳なく思ってた。

かつら : ごめんーって感じだよね。ほんまごめんなさいーって。

saahko : 「わたしのために時間もお金も使わんでいい」っていうような、恋愛しててもそんな感じで、「誕生日に何欲しい?」って言われても、「何もいらんから、いつ もどおりでいいし」って…。で、わたしの場合は、苦しいとか悲しいとか、自分がまわりの状況からみてかわいそうな立場にあるってことを自分で感じてしまっ たら、自分がかわいそうだから、それも感じなくしていたと思う。それも感じないところに自分を押し込めていたと思う。小学校のときに「口が大きい」って事 でいろいろ言われたりしてたんだけれど、その時も多分本当は泣きたかったと思うんだけれど、「そんなことされている自分はかわいそうじゃない」って自分は 思いたいから、嫌なことを嫌って思わないように自分の中で処理していたと思う。嫌なことも悲しいことも感じなくしたほうが楽やから、多分全部無処理のま ま…

レイカ : 無感覚っていうかね…

saahko : これ以上傷つきたくないから感じなくしたほうがいい。例えばアイスが食べたくても、「食べたい」って言ったら「ダメ」って言われるのがわかっているから、 「食べたい」って思う気持ちさえも消してしまったほうが楽みたいな。欲しい気持ちさえもなくしてしまう。高校で摂食障害になったときには、すでにそういう 無気力無感動な自分ができあがっていた。季節もなんにも感じられへんかったし。

レイカ : もう、傷つきすぎて、相手に期待とか希望とか抱かない、望まない、求めない。友達から自然に下がっていってるような自分が居て、でも本当はみんなと仲良くしたいのに…。

saahko : みんなと意識が違うのか、みんなが「楽しい」って笑ってることが別に楽しくなかったりとか。「何でやろう」って思いながら、結局入っていけなかったりとか。流行にもいつもついていけないし。

かつら : わたしはそういうとき、無理に笑ってた。笑ってるからわたしも笑っとかなあかんわみたいな。

レイカ : 頭の中には食べ物のことばかりが回ってる感じで、それに捉われていて、みんなはそういうことじゃないことを楽しんでいるのに…。友達と別れてからコンビニ 行ったりケーキ売り場をうろついて…みんなは彼氏の話とか洋服の話とかしてるのに、菓子パンを見て幸せな気持ちになってる自分って…。

みえっち : ほんとに無気力無感動、最近頭使ってないなって思う。

いづ : 頭使ってないってどんな感じ?

みえっち : 何も考えてない、今日はいかに安く何を食べようかなって…そればっかり考えてます。

レイカ : 質より量やもんね。何であれだけ入るんやろう…。おいしいってわけでもないのに、どこにそんな胃袋があるんやろうって自分で思うんだけど…

かつら : おなかいっぱいっていうボーダーラインをもう超えちゃってるから、どんどんどんどん…

いづ : それこそ感じなくしてるのかな?

かつら : おいしくもないのに、おひつのままごはんにケチャップかけて食べたりとか、それっておいしくないはずやのに!でも入る。

いづ : 凍ったまま食べたりね。

レイカ : するする!解凍が待たれへん。おかしいで、なんでなんで???って。いくら考えてもわからへん。

かつら : わたし、かびだらけのパン食べたこともある。食べたあとに気づいて、でもそのまま引き続き食べてて…

 

そもそも、どうしてそんな症状が出るんだろう

saahko : わたしの持論なんだけれど、身体的飢餓と心理的飢餓があるような気がする。常に「食べたらダメ・食べたらダメ」って考えてない?その「食べたらダメ」ってのが心理的飢餓をますますひどくしてるんじゃないかって。

レイカ : だって、最初の一口を食べたらスタートになってしまうんだもん。

saahko : そこで、さっきの話じゃないけど、「失敗してもいい!」って。食べる前から「今日はコレだけにしておこう」とか考えるのをやめて、とにかく味わって食べようって決めて。

かつら : もう一つ思うのは、食べたらアカンって思ってなおさら食べる部分と、満たされたいっていう部分があると思う。愛情不足、足りないものがあって何かをすごく 求めてる、その何かを満たすために食べて食べてその処理をしてる、でもいくら食べたってその何かは満たされない。何かが少しずつ満たされて行けば、食べる ことも少しずつおさまっていくのではないかな?

いづ : さっきの、苦しい気持ちを飲み込んで飲み込んでっていう話があったけれど、飲み込んだ分だけ食べてるってのもあるような気がするな。その食べるっていう行 動に目を向けたら際限がなくて、どこまでもループだけれど、何を満たしたいから食べているかっていうところに目を向けられたら…

レイカ : 何を満たしたいとかわからないんですよね。もう、スイッチが入ったら、ほんのちょっとした琴線に触れただけで、もう抑えられなくなっちゃう。こんなちょっとのストレスで過食のスイッチが入るなら、この先もう生きていけないって思っちゃう。

かつら : ストレスが、今までにすでにパンパンなんですよ。その上にちょっとのストレスがかかったらパンパン以上にあふれてしまうから、その土台のパンパンなストレスを出してガス抜きしてあげることが必要なんじゃないかなあ。

レイカ : でももともとわたしは、神経質な気もする。その壷が人よりすぐに満ぱんになりやすいというか。お父さんがテレビのチャンネルをパッパッパッパって変えてる だけでイライラしてキレそうになる。そんなことぐらいでって思うんだけれど…もう、自分をやっていくのがしんどい。

かつら : もともとすごく傷つきやすいっていうベースが、多分幼い頃からのいろんな経験で出来上がってしまったけれど、でも、さっきの話でも出たけれど、本を読んだ りいろんな人に出会うことで、こういう考え方があるんやとか、なんやこういう風に楽に考えたらいいんやとか、ペケとか丸だけじゃなくて三角っていう考え方 があるんやとかちょっとずつ学んでいって、自分で楽に生きていけるような学習をしていくと、表面がやわらかくて傷つきやすいわたしたちの心も地盤が少しず つ固まっていくんじゃないかな。

いづ : さっきレイカちゃんから質問があった、どうしてあそこまで症状がでるのかって部分で、めぇぐさんの場合は拒食だったんだけれど、拒食のときはどんな感じでした?

めぇぐ : なんかね、ばーっと食べちゃったことはあったんですけど、吐いたりしたことはなかったですね。気づいたら拒食になってたんですけど、拒食症やって自覚して から、自分なんかが普通に食べていいのかな?というのがずっとありました。そんな価値のない人間やって自分のことを思っていて、ずっと親にも「なんで生き てる価値のない人間が生きてんねん」みたいなことを言われてて。自分でもそう思ってる部分もあって、ずっと自分に自信がなかったし。食べたらダメやから食 べないとかではないんですけど、食べたいとかそんなのもあまり感じなかったです。何が食べたいとか、自分が何が好きとか。服とかでも、いま流行の服が欲し いとかそんなに思わなかったし。みんなが映画の話とかしていても、「○○観にいった?」とか話していても、その映画を知らなかったり。音楽とかもあまり聴 かなかった。もともとは音楽とか好きなんですけど、流行とかに興味無くなってしまっていて、自分からまわりを遠ざけていました。

いづ : さっきの無感覚とか欲しいものが分からない、欲しいという気持ちも抑えてしまった方が楽みたいな…。

レイカ : それで分からないって感覚なんですかね。物事を決めれない、選べない。何したいのか、どうしたいのか、わからない。嫌なのかいいのか、気持ちいいのか楽しいのかわからない。

saahko : わからなかった、やっぱりずっと。あるのは、食べるか食べないか、痩せるか太るかしかなかった

レイカ : 最近はたった一口でも、これ食べるのか残すのかこれで何kgも変わらないのに、食べるかどうするか、この一口どうしようとか。すごい些細なことで決められない。

saahko :ほんとにひどい時は、映画のスクリーンを観ているような人生。自分だけが違うところにポンといてて、周りはみな楽しそうに笑ったりしてるのだけど、わたしだけ違うところにいるような感じがしてた。

レイカ : いますごくそう。自分が異星人みたいに、わたしやっぱおかしいよって。自分ですごく最近分かるようになった。食べもの売り場で30分くらいじーっともの見てた時に「わたし普通じゃないよ、こんなん!」て。悲しくなってくる、何やってるんだろうって。

かつら : でも、みんな仲間だから大丈夫。みんなそういう経験があるから。レイカちゃん、おかしくないよ。

レイカ : でも周りの人から見たら、「万引きするんちゃうか」って誤解されてるんじゃないかって。これを食べようか食べまいか悩んで手に取ってる時間が長かったりとか。食べ出した時が、異様な雰囲気だって言われた。過食の時に、目つきが違う、怖いって、ひかれる。

かつら : みんなそうよ。私らみんな一緒。一緒やと思う。

レイカ : 誰かと食事してる時に、食べることに真剣になってる自分を見られるのが怖くなった。

かつら : カーテン閉めて食べてた。

 

怒りの気持ちを出す怖さ

レイカ : すごく傷ついたことが最近もあって…。約束に何回も遅れて来る友達が居て、それで、とてもへこんで、わたしはいつも約束通りに行ってたのに…でも言えなくて…わたしと会っても楽しくないのかなって思って、もう約束をするのをやめたんだけれど、それはおかしい?

かつら : おかしくないよ。その傷つくのは当然の反応やし。でも、なんで傷ついたって言えへんかったんやろう。そこで感情を出すっていうのも大事やと思うねん。また そこで溜め込んでしまうから、またフルになっちゃうから、感情を、少しずつ少しずつ出していけるようになったら、症状も少しずつおさまってくると思うね ん。

めぇぐ : 友達と待ち合わせして、遅れてこられるとわたしも、自分と会うのが楽しみじゃなかったんじゃないかって捉えてしまう部分があって、でも逆に自分が遅れてし まうときにはそういう感情はまったくないんですよね。申し訳ない気持ちでいっぱいで。そう考えると、相手も遅れるときも同じで、自分を低く見てるわけでは ないんだなって思えるようになったかな。

いづ : みえっちさんは?無感覚の話とか、友達とや仕事での怒りの気持ちの対処法とか…

みえっち : 言えないですね。言ったら離れていっちゃいそうな、そんなことでは怒らないよとおおらかな自分を…。

かつら : やっぱり自分が我慢すれば周りは温和にいくなって、ちっちゃい頃の基盤がずっとあるのかな。

saahko : でも基本すごく優しい人なのかなって、今みえっちさんの話を聞いてて思いました。怒ったらイヤな時間になるのが嫌だからとか、すごく優しい思いから来てるなと思って。わたしやったらたぶんそんなん考えんと「なんで遅れてきたん?」って普通に言いそうやから。

かつら : でも、言えるようになった、最近。今までは私も全然言われへんかったし。むこうが遅れてきても「いいよいいよ、大丈夫。」って言ってたけど、やっと今乗り 越えて、やっと今普通に、バーンっと怒るんじゃなくて、「めちゃ待ったや~ん!」ってハハっと笑いながら言えるような言い方を自分なりに作りだして自分の 感情を言えるようになった。相手の反応を見ながらでも、自分のことも何とかちょっとずつでも出せるようになってきた。

レイカ : そこまでいくのでも、すごく言おうか言うまいかとかものすごく考えちゃう。言ってはいけない自分というのを持ってる。言うのが怖い。でも自分はこれ以上傷 つきたくないんですよ。そこでもう少し上手に言えたらいいのに、今日も言えへんかったって…。結局自分の本音を言えてなかったら友達じゃないやんて自分で も思うけど、そうしかできひん自分がいて。悲しいなって。じゃあ一人で食事でも買い物でもすればいいと思うけど、やっぱり誰かと楽しみを共有したいと思っ ていて、なのにわたしはなんでうまくいけへんのやろって空回りする。

いづ : たとえば待ち合わせの話で、相手が1時間半遅れてきましたという時に、「なんで遅れて来たん?」て言うとするやん、そうしたらそれを言う前にどんな気持ちになる? みえっちさんはどうですか?絶対言わなきゃいけないとしたら。

みえっち : 言わないといけないとしたら…。怒りはあるけど、抑えて柔らかく「どうして遅れたん?」

いづ : たとえばわたしの場合、もし遅れてきた人がおったら腹立つし傷つく。でもそれを隠してまず相手に「大丈夫やった?気にしてないよ。」とか言うのが今のわた しのいつものやり方なんやけど、でも本当は傷ついてたり腹立ってる時もあって、それを相手に伝えることをイメージしたら、やっぱり怖いよね?なにが怖いの かというと、そもそも自分が相手に怒りを伝えていい存在だと思ってない。だからこんな価値のないわたしが怒りを覚えるなんて身の程知らずと感じるところが どっかにあるからすごく怖い。

みえっち : 怖い気持ち…。嫌われたくないというのもあるから、言えなくなっちゃいますね。

めぇぐ : 私も、怒ったら次からこの人が私と会うの厭になるんちゃうかと思うから「なんで遅れたん?」とは聞くとは思うけど、怒って言うのはやらないと思う。

かつら : かつてはやっぱり怖くて、嫌われるのが嫌だった。自分から去って行かれるのが嫌。自分さえ我慢すればいいやって、ニコニコ笑って「大丈夫やで」て言うてた けど。今は、怒りたいときは怒ってもいい、自然な感情をそのままぶつけて、相手もそれに対してぶつかってきたとしても、お互い人間関係を築き上げる中で必 要なことであって、自分の意見も言うて、相手の意見も聞いて、お互いを知るために必要な過程やからいい、と思ってきていて。確かに去る人もいるんですよ ね。わーっと言うたら「なんでやねん!」て、ネチネチ重い人もいてはる。それは仕方のないこと。絶対におる。だけど、それを言うたのが不正解な訳ではなく て、そういう人もおるのはしゃあない。そういう人はそういう人やったんやって。でも最近気がついたのは、わっと自分の意見を言って向こうも意見を言ってく るような、お互い喧嘩しあった友達って後になって気がつけば、意外と友達が長かったりすんねん。

saahko : すみません、わたしメールで気持ち伝えすぎました(笑)。

かつら : saahkoさんとわたしって、メールですごいぶつかりあいっこしたんですよ(笑)。ぶつかったというか、お互い思いを伝えあって。私も伝えたし、 saahkoさんも伝えてくれはったんやね。わたしもそのことで落ち込んだり色々感情が出てきたりして、「たぶんsaahkoさんも、今落ち込んでるんだ ろうな。」とか私も気がついてたんだけど、そういう感じでお互い自分の言いたいことを言い合った友達って、やっぱり続く。相手のことも尊重できるし、自分 の意見を今後も言える友達になっていく。「この人はここまで言ったらしんどいから言わんといてあげよう」とか「ここまで言ってもいい人だから言おうかな」 とか、そういうのが自分の中で出来たりとか。

saahko : 人と人との関係で、喧嘩するにも、思いを吐き出すだけの喧嘩だったら発展性がないけど、お互いの意思を伝えあうための、意見のぶつかり合いというのは大事なことやと思う。

レイカ : わたしは友達を待ってる間、「何かあったのかな?」「わたしよりも大切な用ができたのかな?」とかずっと考えててくたくたなのに、言いたいのにそれが言えないんですよ。

かつら : その人には言わないとわからないんですよ。待ってる間自分のことをめっちゃ考えてくれてるというのを知らないんですよ。それを言うと「そうか、わたしのこ と心配してくれてるんやわ。次から遅刻したらあかんな。」て、友達やったらそこまで思ってくれると思う。言ってあげることで「そうか、そういうことなんや な」と気づくと思う。

 

回復のプロセスってどんなだった?

レイカ : みんなの回復のプロセスが聞きたいです。どういう状態で回復に向かっていくのか。食べ吐きしとっても、これは回復に向かっているのか悪化にいってるのかどっちなんやろう?という時があるから。

いづ : じゃあ最後それにしよう。それぞれが回復のプロセスがどんなだったかというのと、みえっちさんとレイカちゃんも、話したいことを話してね。

かつら : わたしの場合は、自分の言いたいこと溜めてることを、少しずつ蓋を開けてというか、自分がぐーっと押し込んできたものを一個ずつ話して話して。言葉として 話すことの練習から始まった。だから自分の思っていることを「いまは悲しいのかな?楽しいのかな?」から確かめていって、悲しいのならどんなふうに悲しい のだろう?という言葉を考えて、どんなふうに悲しいのかをわかりやすいように相手に伝えることの練習から始めていった。最初はへたくそです。「あのな、こ んなな…」って、すっごい長い1時間2時間もかけてちょっとずつ話す練習を相手にしていって、相手の人がたまたま今の旦那やねんけども「ふんふん、それ で。その時はどう思ったんかな?」とすごい聞いてくれる人やったんだけど、その人が居てくれたおかげでわたしはちょっとずつちょっとずつ「こういう風に 思ってたんやわ。わたしその時悲しかったんやな。」というのを、前に出していって今まで溜めていたことを一からずーっと出していって、なんとなく過食の回 数が減っていった。回数が減っていったというのは、いわゆる心理的に満たされないことを過食で満たそうとしていたのが、ちょっとずつ満たされていくという か放たれていくというか。吐き出すことによって軽減していって。親からもらえる愛情がなかったから、彼からもらう愛情で埋め合わせして。本当に話が暗くて 泣きながらとか、どんよりしたことを言ってても、彼は「そやな、辛かってんな。」と言ってくれたりとか、そういうので回復していったのかな。その回復して いったプロセスの途中で、親を憎むというか「わたしの家族こんなだったからやわ!」と思った時期もあって、それってやっぱり大事だと思うんです、今から考 えれば。やっぱり自分がこういう風に思った憎しみというか怒り、感じたそのままも、今から考えれば大事なプロセスであって、それを通り越したら、親も大変 やったんやなと思うようになった。何となく今は、親もアダルトチルドレンみたいな人だったから、そういう接し方しかわたしらに対してできひんかったんやな という考えにまで至っている。親を憎むプロセスも大事かもしれない。

めぇぐ : わたしの場合はまず自分自身の感情も自分でわからなかったので、悲しいとか相手にどうしてほしいとか自分はこうや、という感情を自分の中で受け入れられる ようになったこと。それをまわりに伝えられるようになったことが、一番回復につながったきっかけやと思います。親に対しての反発もすごくあったんですけ ど、やっぱり親も人間なんで完璧ではないと思うんですね。だから、親にすごい感謝の気持ちもあって、でも、ありがとうという気持ちの中でも、これは傷つい たとか、こんな言い方はしてほしくなかったとかあって、それをそのまま親にぶつけてもいいと思うんですよ。自分の気持ちを認めてもらって、相手の気持ちも 受け入れて。それが出来るようになって、段々ゆっくり回復してきました。今日みんなのお話を聞いていて、傷つきやすいところとか、すごい淋しいところと か、みんな共通しているところがあるなと思いました。それを吐き出せて、みんなの苦しみとかを受け止められるこういう場も必要で、そういう面であかりプロ ジェクトってすごくいいなぁって思いました。

みえっち : わたしはこれから治していかなきゃいけないんですけど、みんなの意見を聞いて、自分の意見を素直に言っていいんだなって。そこからまず始めていって。治すぞ!って。治したいですね。

いづ : 自分の意見を、ちょっとずつどんな風にしてみる?

みえっち : 素の自分で話してみようかな。被らずに。

saahko : それも安全な場所で出せたらいいね。お父さん、お母さんの話を聞いてるとすごく大変だから、そこで出してもこれまでと同じようになるかも知れないから、安全な場所で出していけたらいいね。

みえっち : 自分だけなんだと閉鎖的な感じで思ってたんですけど、そういう仲間というか…、なんか安心しました。

レイカ : 治さな、と頭でわかってても実際いざという時、感情を出さなきゃいけない場面で言えないですよね。自分の気持ちを吐き出さな、と思ってるのに出せへん。そ れが症状として出てるから、症状が出てきたときに「あ、やっぱりなんか溜まってんねん。」て気づく時ってあるよね。それがあるってことはわたし自身無理し てるんやわ、素じゃないんやわと思う。もっと自分を出せたらいいんだけど、そういう安全なところがなかなか無い。会社とかで働いてたら、一歩引いてとか相 手を立ててとか、段々無理してる自分が溜まってきて、だから社会人になったときに過換気症候群になり出したと思うんですね。人間関係とか、いじめとか。そ ういうのがあったからうまいこといかへんのかな?だから、今あかりプロジェクトにつながって、今日ここに来て…。来る前は正直すごい不安やったんです。

みえっち : こういう話ができるっていうのが本当にうれしくて。本当に、友達に言えないから、ちょっとほっとした部分もあります。こうなったのは何か意味があるんだ なって、すごい思うんですよね。同じように苦しんでる人に関わってくことで、自分もそれで救われていくんじゃないかなって思って参加させてもらったんです けど、これから色々とあかりプロジェクトに関わっていけたらって思ってます。

レイカ : 今親と住んでるから…、分かってくれへん。何度言うても、何度素の自分や感情をぶつけても、もうほとんど無意味やから、なかなか自分の思ったことって言え ないし、親にしたらわたしを見る目っていうのは「この子は摂食障害で普通じゃないから」という目やから、なかなかうまくいかないんですけどね。でも違う場 で、本当の自分を出せて、その自分が生かされていて、自分の人生だから自分で選んでいってね、失敗したとしても自分で納得したものであったら、それはそれ でいいかなと思うんですね。今回こういう場を設けていただいて、わたしとしては「うまく話せるかな?」って。食べ吐きしちゃってる自分やし、正直、今こう しとってもまた1週間後には食べて指突っ込んで吐いてる自分がいてるんですよ。またやってるわ、て思うけど、それがないと今までのわたしの人生全部否定な んですよ。それがあったから自分しんどいけどなんとかやってこれたし、それがわたし自身が弱いのか、そういう形でしか生きていかれへんのか。でもこれから もまだ人生あるわけやし、ずっと食べて吐いていく人生も嫌やし、食べて吐いている時間って、けっこうな時間取られるから、なんでもっとテレビ見たりとか ゆっくりしたりとか、食べて吐いたらすごくしんどいのに、こんなので歳くっていくのか…、もうちょっと体にいいもの食べれたらいいのにと思うけど、過食の スイッチが入ると不健康なジャンク的な甘いものとかそういうのを食べるから、すごいどん底に落ちて。また食べてる!ていうのもあって…。先は分からないで すけど、こういう機会があったらまた参加させていただきたいと思ってます。同じ病気でまだ回復されてない方や回復した仲間のお話を聞きたいし、わたしもい ろんなこと話したいです。自分も本当に辛くて、図書館行って色んな本読みあさったりしてるし、体にいい○○とかストレスのこととか…。過食してるときって ドーパミンが出るらしいんですね。だから脳のストレスに関係あるのかな、とか。試行錯誤してるのはみんな一緒なんやな、そういうところを経て回復していく から、わたしもいまその道を通ってるんやとか、自分に言い聞かせて過ごしてるんです。

saahko : わたしの回復のプロセスは、かつらちゃんが言わはったみたいに、自分の心を知っていく作業が、わたしも回復の過程にあって。何がそこでポイントだったかっ て言ったら、起こる物事を「肯定的に捉える」こと。それは今のわたしにも課題としてあるんだけど、やっぱり生きてたらいいこともあるし悪いこともあるんだ けど、「こんなに最悪なこと!」って思えることにも、「なんか意味があるのかも?」と思って、肯定的な意味を探そうって思ってる。摂食障害の最中だった ら、「食べたい」けど「食べたらあかん」って思ってる、でも食べてしまった。「だからアカンのや、わたし!」ってなってしまって、悪循環の渦に呑まれてい くのがパターンだったんだけど、肯定的に捉えると「わかった!わたしが食べたかったから食べたんや。よし、それはそれでいい!」って。

レイカ : 過食と食べたかったって別ですか?

saahko : 食べたい気持ちが起こるから過食する。

レイカ : 間食と過食は別ですか?普通に食べたいときと過食って本当に違うものなんですか?

saahko : それは境目なかったかも。食べた時に、わーっと止まらなくなるから、後でまた自己嫌悪に陥る時に「また食べてしまった!」って、後悔と自責の念でガーンっ てなるんだけど、そこで「でも私が食べたいから、私が食べたんだからOK」と肯定的に捉えて、そしたら「食べたくないのに食べてしまった」とか、「やっぱ り食べへんかったらよかった」とか、「これ太るんちゃうやろか」とかいうところで悩まなくて済んでいったのね、段々。「わたしが食べたかったから食べたん だ、じゃあそれはそれで悩まなくていいし、考えなくていいんだ」となったら、悩んでた時間が空いてくるでしょ。そこに、自分がやりたいこと嬉しいこと楽し いことっていうのをちょっとずつ入れていってあげるのね。最初は、「自分の好きなことなんかはしたらアカン」と思ってるし、「わたしなんか生きる価値無 い」と思ってるから、自分のための時間さえも全然使えないくらいだったんだけど、「1日たった5分でもいいから自分のために時間を使おう」と思って、そこ から始まって。それでもやっぱり過食の波に呑まれて、またボロボロになって泣いて。でも、そこで泣いてても始まらへんというのも分かってるし。またそこか ら抜け出して元気になれる自分というのも、段々やってると分かってくるから。じゃあ、そこからまた意識を離して、自分の嬉しいこと楽しいことを見つけてい こう、という風にやっていって、そうしたら段々、辛くて苦しかった摂食の時間から自分の楽しい時間へとすり替わっていくように、過食の時間が減ってきたの ね。ていう感じで、「物事を肯定的に捉える」というのを基本において、自分の気持ちを素直に出して、その気持ちを信じてあげる。誰かが「それ違うよ。お前 の考えてるの変やぞ。」と言われたら、「わたしがそう思ってるんだから、わたしにとってこれが正解やねん。」くらい言えるまで自分の気持ちを信じてあげ る。その気持ちでいったら、こんなんになります(笑) 泣いたり笑ったり毎日忙しいけどね。

いづ : わたしの回復のプロセスは、わたしの中で決定的な瞬間があった。それは、なんかね、自分のことが嫌いで自分に価値がないと思ってるでしょ、それをなんとか 好きになろう好きになろうって、色々やってはいるけども、15年くらいかかってやっと、価値がないとこの一番奥にあったものに辿り着いた瞬間があったの。 自分のことが大嫌いなことの底には、人とコミュニケーションがうまくできんってことが実はあって、劣等感というか、どこに居ても浮いてしまう自分とか、仕 事が続かん自分とか、その部分がわたしにとって最も恥ずべき部分として底にあったんやけども、そこに気づかずになんとか表面で自分を好きになろうとしても がいてきた感じ。フルタイムで働きにいって会社も長続きしてというのじゃないとダメというのが自分でも気づかなかったのだけれど前提にあって、その上で 「今日は早退してしまったけど、いいや。大丈夫、大丈夫」って何とかなだめてみたり、前提があってのところで自分を好きになろうとしていたんですね。それ が、ある日突然、そうできん自分はダメだって思っとった部分も、「もういいんや、このままでいいんや!」と思えた時に、わたし例えば一生働かないとしても 別にOKなんや、いろんな手段で食べていけて、生きていればそれでいいんやって。いま、生きてるやん!って。いま両親元気でお家あるし、屋根あるし、餓死 するような状況ではないんやからって。もし生きていくのがままならないような状況になったら、それはそのときの自分にお任せしよう、そのときの自分の生命 力がちゃんとなんとかしてくれるって。そういう風に、一番奥のコミュニケーション下手ってところを、それでもいいやって許せた時に、心の中から過食の衝動 自体がストーンって無くなったの。

saahko : なんか現実的なきっかけとか出来事とかあったの?いづさんの心の中の変化だけじゃなくて、きっかけとなるような出来事があったの?

いづ : 無い…というか、15年間で少しずつそこに向かっていったのかな。底付きになって、廃人みたいになって、ついに何もかも諦めて実家に戻ってしばらくして、そういうのが訪れた。

レイカ : 両親と住んでてもそのままの自分を受け入れらたというのがスゴイ。うらやましい。コミュニケーションが下手で仕事が長続きしないし、どこの職場にいてもそ こでは納得しない自分がいてるから、今もそうだから。いづが、それでいいと思えたのがすごくうらやましい。わたしは、いつそんな日がくるんやろ、て待って る自分がいてます。

saahko : 落ち込むにもやっぱりきっかけがあるし、わたしは自分らしく生きようと思えるようになるには、やっぱり何らかの行動と結びついてのことなんじゃないかと思 うのね。外側から入ってきたものとか、アクション起こしたものなり。たぶん、どっかに絡みついてると思うから、何かあったのかなと思って。

いづ : なんかたぶん、何回もやってみて何回やってもダメだった。人とのコミュニケーションが息苦しいとか、仕事続かんとか、食べ吐き止まらんとか、何回やってもダメだから、諦めがついたんだと思う。

saahko : 手放したって感じなのかな?もう抵抗しないよ!って…。

 

自分との和解の過程は人それぞれ、そしてきっと時間がかかること

レイカ : わたしの場合、いいんや!って開き直ると連続過食。いいんやってなっても過食に向かう一方で、どんどん体重もいって、それでストップかけて吐きだした。わ たしの場合、お手上げになって吐きだしたのに、過食が止まらない状態になって。じゃあ、なんで?ってなってて。わたしが何を求めてるのか自分が分からなく て、自分でいることが一番しんどい。嫌いな人とはいなければいいから苛々しないけど、自分とは24時間一緒だから、なにか物事が起こった時は自分の中で処 理しなくちゃいけないのに、こんな自分やから自分に苛々する。

いづ : こんな自分も全部自分で、もうすべていいって思えるのは、もしかしたら時間がかかることなのかもしれん。けど、でもね、思い続けとったらその日って来るよね、絶対。

かつら : 来る。それまでずーっと自分が悪いとか、お尻叩いてでも気持ちを持ち上げてもっとがんばらなあかんて思ってたけど、こういう自分もありなんやという日が来る。

saahko : 自分との対立が摂食を引き起こしたのかな、って。自分の中での自分との対立。「わたしは食べたい」と思ってるのに「食べたらダメ」、ていうのが典型的な摂食やんね。

レイカ : でも、その一口から始まる過食が怖くて。スイッチが入る食べ物があって、それはやめとこうって。好きやけど、それは食べるのやめよう。止まらなくなって厭 な思いいっぱいしてるしというのがあるから、それも自分というところまで行くのはかなりしんどい。今日は許せたけど、次の日になったら許せへんて戻って て。そこを何回も行ったりきたりしていて。くったくたになる。

いづ : 食べ物のところじゃないような気がする。自分を受け入れるというのは、食べ吐きとか過食とかじゃなくて…、だって、そこは不可抗力なんやもん、どうしようもできんのやもん。

saahko : 表に目に見える問題として出てきたけども、そこに抱えてる問題はもっと内面に深くあるのね。たぶん、それに気づいていってあげることが回復に繋がるんだと思う。、難しいけどね。時間もかかるし。

レイカ : あれかな、これかなって考えても考えても分からへん。アホとちゃうかな!

saahko : アホじゃない!

かつら : わたしもそうやって自分探しずーっとしてて。結局はわたしの中では治ってきた感じがするんだけど、いつまで経ってもズルズル過食をしていて、「なにしてん やろ?」って思ってた時期もあって。でもその時期って今から考えると、精神的にはある程度安定はしていた時期ではあるけど、習慣という理由で、過食嘔吐し てしまうという面があった。ここの家でこの場所で食べると、絶対また過食嘔吐に走ってしまうとか。そういう時期って、なにかきっかけがないと習慣て切れな くって。ある程度心の問題とかなくなってからすることやねんけど、習慣を治すためには環境をちょっと変えてあげる。生活の流れもコロッと変えてあげたら、 意外とスッとなくなってしまう。それが私の中では出産やったんですよ。環境がゴロっと変わって、ずっと抱っこしてなきゃダメな子供だったから、4か月間食 べ吐きできない状況。「うわ~、いま食べたい~。」と思っても、もし今この子を置いて何時間か食べ吐きしてる間に、母乳とかもほしいだろうしウンチもする し、もしかしたら死ぬんちゃうかと思って、殺すことはできへんから、とりあえず抱っこのほうをしよう。自分の中で食べ吐きしたいという思いに1回勝ちまし た。すると、「あ、出来たわ。私いつの間にか食べ吐きしようと思ってないわ。」それで2回目の波が来た時にも、「さっき我慢できたんだからまた出来るはず や。この子死んだらあかんやん。」と思って、またそれを乗り越えた。そうやって今日は1日頑張れた、3日目、1週間たってるという感じで、そこでパシッと なったので。

いづ : なんかね、本当に人それぞれやし、答えを言ってあげることもできないんだけど、こんな風に話し合える機会をまた設けたいね。

saahko : みんな自分の流れだから、たぶんレイカちゃんにはレイカちゃんのペースでパッとなる時があるだろうし、みんなそれは1人ひとりにあるはずだから、何をした からこうなって、あの人が言ったとおりにやったけど私には無理だったというのは、それも当然のこと。自分に合うやり方を見つけていくことだと思う。正解は ないしね。

かつら : 正解はないですね。でも目標はひとつだから。やっぱり自分らしさというものに向かっていきたいから、たぶんやり方は色々あるけども、自分がやりたいように自分がやりやすいように、そこに到達できたらそれはOKとして。

saahko : 治ることにがんばらなくていいの。がんばろうとすると益々囚われていくから、がんばるんやったら楽しいことを。

かつら : 完璧主義やから、がんばったらめっちゃ完璧を求めてしまうんよ。

レイカ : 過食を抑えようとするよね、日常から。

saahko : 早道は、「今日は食べるの我慢しよう」とか思うんじゃなくて、「今日はそれ以外で何楽しいことしようかな」って、そっちの方に向けていくことかな。過食の 世界がこっちにあるとしたら、それ以外のところに意識を向ける方が早く治るとは思う。それをわたしももうちょっと早く知ってれば、もうちょっとこんなに大 変ではなかったんじゃないかなとは思う。ポイントと言えばそこかな。

かつら : わたしも、楽しいことって言ったら生まれたての子供を抱っこするのがその時は楽しかったから、たぶんそっちの方にいったんやと思う。

saahko : 新しい流れやしね。意志もそっちに向かう時だから。

かつら : わたし、母になったんだ!生んだんだ!ていう意識。いいタイミングやったんやと思う。

いづ : たぶん自分と和解をしやすくなる大きな方法の一つに、自分で自分のことを肯定できることや、人から肯定の言葉をもらうことが、すごく役に立つと思うんです けど、ちょっとそのワーク、言葉のプレゼントを、みんなでやってみませんか。自分にかけてあげたい言葉を、この場のみんなからかけてもらったらどんな気持 ちになるのか、やってみて、感想など話し合って、それで今日は終わりにしましょう。ひとまず、みなさん、今日はいろんなことを話してくださって、新しい気 づきをいただいたりたくさん共感したり…いい時間が持てました。本当にありがとうございました。