ドクターに聞いてみよう!
今回のドクターは石川県金沢市、ひろメンタルクリニック院長の奥田宏さんです。

休診日にいろいろな自助活動に出向いたり、県内の自助活動の交流会を開いたりと積極的に自助活動に関わっておられる奥田さん。あかりプロジェクトも当初からたくさんのお力添えをいただいています。

クリニックのキーワードは「病気についての知識を得て認識を改め、必要な支援、仲間を得ること」。奥田さんがこの考え方に行き着かれるまでの過程のなどについて主にお話をお聞きしました。前半はいづ、後半はちいちゃんのインタビューでお送りします。

(2010/5/16 取材・文 あかりプロジェクトいづ・ちいちゃん)

 

本人が納得できる生き方を見出すためのサポートがしたい

-奥田先生のクリニックのキーワードが、「病気についての知識を得て認識を改め、必要な支援、仲間を得ること」ということなのですが、この考え方に先生が行き着かれるまでの今までの過程のことなんかを今日はお聞きできればと思っています。
早速ですが、先生は医師になられた初期のころからアルコール依存に興味を持たれたということで、その辺のところからお聞かせいただけますか。

医者になって金沢大学精神科の教室に入局したときに、烏帽子田先生というアルコール依存症に非常に関心のある先生がいらっしゃっいました。烏帽子田先生 が県内で勉強会を主催しておられたのに誘われて行ったりして、頑張っている人たちがいらっしゃることを知りました。烏帽子田先生はアルコール依存症というのは病気であり、適切な治療、援助が必要であるとおっしゃっていました。患者さんの担当になったことはなかったのですが、夏休みでほかの先生がお休みのときに臨時で担当して少し関わったことがあったのと、断酒会にオブザーバーとして参加して、どういうことをやっているのか見に行ったりしました。
ほかのお医者さんたちは、依存症は病気であるとは見ていなくて、嫌う人が多い印象でした。理解なさっていない方が多くて、適切な援助がされていない病気なのかなと思っていました。だけど、断酒会などに行くと回復されている方もいて、支援の仕方によっては回復するんだなと感じていました。

-もともと医師になろうと思われたときには、精神科医と決めていらしたんですか。

手先が器用じゃないから外科はだめだろうというのと、内科になるお医者さんが多くて、優秀な人との競争に勝てないのではないかということもありました。
ドフトエフスキーの『罪と罰』には、人間というのは悪魔的な心もあれば天使的な心もあって、複雑に心が入れ代わる存在だということが表現されていますが、人間のそのようなあり方を理解してうまくサポートしてあげられたら面白いんじゃないかなと思ったのが、精神科医になろうと思ったきっかけです。
だか ら、医学部にいたときも、ほかの科に行こうとは余り考えなかった。

-本がお好きなんですか。

本も好きですが映画が大好きです。一番好きなのは「アラビアのロレンス」。このごろでは「路上のソリスト」が非常に良かったですね。アメリカ映画なんですが、精神障害の音楽家をサポートする新聞記者の物語です。新聞記者は、自分がいいと思う方向に誘導しようとするのだけれど、音楽家は自分なりの生き方がしたい、人にレールを敷かれるのはいやだということで、結局、援助は失敗したような形で終わります。音楽家は敷かれたレールには乗らなかったけれども、家族との再会を果たして、精神障害を持ちながらも自分なりに生きていく。

-その新聞記者さんは最後どうなったんですか。

新聞記者は、よき理解者として、友人として交流を持ち続けました。

-今のお話が、摂食障害やアルコール依存の援助者と本人の関係性みたいな部分において、何となく重要なところの象徴な気がしますね。

そうですね。その辺の描き方がよかったというか、最後は非常にいい終わり方、すがすがしい終わり方でした。やっぱり強制的な治療というのはよくないわけです。本人が納得するような生き方を見出すために、治療もサポートになればということですよね。

-決まった治療プログラムがすでにあって、それに沿って医師の言うことを聞いて治すという治療法もあるんだと思うんですが、奥田先生はきっとそうじゃないんですよね。

こうしたほうがいい、こういうふうに治療を進めようという標準的、プラン的なものは自分の中にありますけど、それは患者さんとの合意のもとで進められるんだったら進めるし、合意できる範囲で話がまとまったところで援助していく、そういうことを心がけています。

-奥田先生のところに摂食障害で受診すると、具体的にどんな診察になりますか。

どんな生きづらさがあるのかということで、生きづらさの改善を話し合うことがもっぱらです。最初は認知行動療法的にやればいいのかと食行動日記などを書いてきてもらいました。どんなときに過食症状が出てくるのかとか書いてもらったけど、あまりうまくいかなかったから、あれはやめました。もっぱら生 きづらさを整理することと、あとは回復している人たちの話を聞きにいってみたらとお勧めしたりしているんです。加えて、東京の自助グループNABAの会報を読んでもらったり、摂食障害に関する本を読んでみて、それで自分の問題を考えられるといいねという関わり方をしているんですが、うまくいく人と、うまくいかなくて来なくなる人もいます。

-日記を書いてきてもらうのがうまくいかなかったというのは、書いてこなかったということでしょうか。

いや、書いてきてはくれるが、自分のやり方がまずかったのか、焦点がご本人の悩んでいるところになかなか行き着かなかった。悩みながらも、日記をいい方向にもっていこうとするので、うまくかみ合わなかったのかなと思います。
自分らしい生き方ができるというか、その方向に動いていく人はそのままよく なっていく。生きづらさの問題を一緒に考えながら、ご本人が望むような方向で動き出せたら、自然に「定食も食べられるようになったわ」って、よくなっていく。じゃ、これでいこうと。
人と関わるのがうまくいかない、気分に波があったり不安症状がある人には薬を使って、気分を安定化したり不安を抑えたりはします。でも全然使っていない人もいますし、気分の変動はあるけど使わなくても大丈夫という人もいます。どか食いをしたり、ほかのことにもこだわりがあって、 まだ話がしたいという人には話をしに来てもらっています。

自助活動からたくさんのことを学びました

-患者さんとの合意の元で、一緒に試行錯誤しながら関わっていく。先生の特徴のように思えます。

それは自助グループの人たちとの交流が大きかったんじゃないかと思います。彼らがよくなっていくのを聞いて、ああ、そういうふうによくなるんだとか、そこをうまくサポートしていけばいいんだとか、そういうことを教わってきました。

アルコールに限らず薬物だとか統合失調症だとか、ほかの自助活動の人たちとも少し交流があって、「べてるの家」というのは僕の中では非常に大きいのです。まだ浦河には行ったことはないですが、そのサポートをしている一人の立役者、川村先生とは学会で一緒になって、金沢にも来てもらいましたし、中心メンバーの早坂潔さんも金沢に来てもらったことがあります。


彼らのビデオや本を、患者さんたちには「いい本などがあるから読んでみてください」と勧めています。すごく受けいれてくれる人もいれば、こんなのもあるなというぐらいの人もいますが、それは仕方がないことです。比較的新しい本で『安心して絶望できる人生』というのが出ていますが、患者さんの中には 「何、これ! 安心して絶望できるって、どういうことなの?」ってびっくりされた人もいます。

患者さんには人間アレルギー症候群の人が多いです。人の評価を気にして、人の目を気にしていつも生きている。摂食障害の人もそういう面が大きいかもしれませんが、彼らはそういうことも自らそのメカニズムを研究して、検討して、そこからの生き方を模索しておられるので、そこをいろんな方に読んでほしいと思って、折に触れて読むことを勧めています。

-自助活動に対しての理解みたいなものが、少しずつ医師の方々の間でも浸透してきているような印象があります。

私たちは結局病気を治せないわけだけれども、やっぱり自助グループに力があるというか、そこで回復されている人たちがいっぱいいて、みんな助け合って生活している。そこにすばらしさを感じます。私たちができないことをみんなでつくり上げていらっしゃる。そういうのをたくさん見てきて、やりようによってはそういう場をつくって支え合うと、やっていけるんだと実感しました。それをアメリカでも見てきたし、日本でもいろんなところにそんな活動があることがわかりました。

医学教育は病気の経過について、ある程度わかっている範囲では教育をしてくれるわけですが、回復のプロセスはわからない部分がたくさんあるのです。統合失調症でもどうやって回復していくのかとか、そんなことは余り教科書には書いてありません。アルコール依存症は全く書いてないし、摂食障害なんか書いてないよね。

-アルコール依存症も書いてないんですか!

書いてない。ただ、断酒率が何パーセントだとか断酒会とかAAがあるとか、そのぐらいしか書いてない。医者の中には、刑務所に入れておけだとか、 施設に入れておけだとか、そういうことを言う人もいらっしゃる。けれど、教科書に書いていないことは、自助グループに行って見てきて、聞くことでわかるわけです。生活上の工夫あるいは支え合いで、問題はありつつも以前よりはいい生活をしていく、そういう考え方を教わってきました。

自助グループがすべていいかというと、「べてる」でも言っているように、問題はいっぱいあるけど、何とかみんなで支え合いながらやっているというところで教えられることは多いし、そういうところに目を向けてほしいということをほかの医療者にも言ってはいるけど、残念ながらまだそんなに広まってはいないですね。「べてる」なんか全国的に有名になって、少しずつ関心を持たれる方は増えてきているとは思いますけど、自助グループに積極的に行って活動を参考にしていらっしゃる方は、まだそんなに多くはないんじゃないか。

-そうなんですね…。だからこそ、奥田先生のような医師の存在は本当にうれしいんです。

だれも教えてはくれないし、わからないけれど、行ったら学ばせてもらえるわけです。まずは知識として自分の中に入ってきて、知識はすぐに患者さんに伝えることができるわけです。どうやって回復していくのかが非常に大事なことで、そういう情報があることを伝える。それはすぐできるわけです。そういう サポートをするのが非常に大事だと思っています。

‟実際に見てくる”ことが昔から好きでした

-奥田先生は、休診日などに積極的にいろんな集まりに足を運んでおられますね。ご本もたくさん読まれて患者さんに紹介したり…。自助グループから学ぶという姿勢はわかりますが、そこまでパワフルに行動なさる原動力はいったい何なのでしょうか。

僕は昔から“実際に見てくる”ことが好きだったのです。
学生時代も世界旅行をしていろいろ見てきましたけど、実際に見てみるのと、聞くのとでは違う。外国でも自分で行って見て、360度24時間そういうところにいて感じられるものと、テレビでちょこっといいところだけ報道されるのと、かなり違いますね。

-もともと、自分の目で見て、体感して、自分のものにするという姿勢がおありなのですね。

そうですね。映画でも、見ていて不思議なことがいっぱいあるし、どうしてなのかなという疑問点がいっぱいありました。それを自分の目で見てきたということです。

当時、僕がまだ大学生のころは東西冷戦のころで、資本主義陣営と社会主義陣営が対立していたけど、ソ連の映画とアメリカ映画のなかで人間の行動の仕方、考え方が似ているなと感じていました。対立しているというわりには人間的には一緒なんじゃないかなと。行ってみると、政治体制の違いはあれども、キリスト教の影響があって人間的にはそんなに変わらないんだな、そんなことを思いましたね。

行ってみないとわからない。東西ベルリンでも、西ベルリンと東ベルリンに入ると、似ているところと違うところ、報じられているところと報じられていないところがある。そういういろんなことを感じてきました。

-社会主義陣営の国にも行かれたんですね!

アメリカへ留学して、帰りはヨーロッパへ行って、フランス映画が好きで、フランスに行きたい、パリを見たいということでパリに2か月間いて、それから帰りは、どうせ帰るんだからソ連を通って帰ろうということで、パリからモスクワまでの電車に2日間乗って、モスクワでは1泊したのかな。で、イルクー ツク、ハバロフスクに来て、最後はシベリア鉄道に乗ってナホトカまで行って帰ってきた。そういう旅をした。

-それって結構大変なことでは…。沢木耕太郎の『深夜特急』みたいですね。

あそこまでいかないけど、パリからモスクワまでの丸2日間の鉄道の旅なんて、本当にあのときでないとできなかった。フランスからソ連に入る前には客車ごと整備工場に運ばれる。ヨーロッパとロシアは線路の幅が違うから、下の車輪の部分をつけかえないといけないんです。工場に入る前に途中の駅で降りればよかったけど、駅を降りても夜だしと思って列車に乗っていたら、整備工場に連れていかれて、しまったなと思った。駅でぶらぶらしていれば、ほかの人との交流もできただろうに、整備工場のおじさんのロシア語なんてわからないし、何か言っても全然通じなくて…。

-好奇心が強くて、物事を追求して追求して…。

追求…、そう言われたらそうかもしれません。

-先生のクリニックのウェブサイトの中で、「自分にもいろいろ問題がある。ただ、まだアルコール・薬物依存症には至っていないだけだ」とご自身が書いておられますね。わたしはその部分にすごく胸を打たれました。

それは人間だからいろんな問題があるわけです。

-わたしたちは、お医者さんというとつい、神様みたいに思ってしまいがちですが、お医者さんだって人間なんですものね。

医者だってアルコール依存症になる人もいますし、薬物依存症になる人もいます。躁鬱病にもなる。

-医師と患者の関係を、人間と人間という部分を保ったままで築こうとしてくださる先生と、そうじゃない感じのする先生といらっしゃる気がします。

自助グループに教えてもらう立場になると、向こうが先生なわけだから。
アルコールだと、断酒会とかAAの人たちに僕が教わって、こう回復するんだとか、こんなときは危ないんだとか、そんなことはみんな彼らから教わったわけです。自分が患者さんと関わりながら学んできた部分はありますけど、それ以外のところでもいろいろなことを教わってきたというのが実際です。

必要なのはテクニックではなく、いかにその人らしさを見つけるかということ

※ ここからインタビュアーはちいちゃんに変わります
-実は先生とは7.8年前に一度、東京で行われていたあるワークショップ、「アサーティブ・トレーニング」の受講者として偶然にもご一緒させていただいたんですよね。あれも患者さんを理解しようと受講なさったのですか。

アサーティブネスのグループワークをしようと思ったのですが、それは一回だけに終わってしまいました。今は「内気と不安のグループ」というのをやっているんです。適度な自己表現ができることは内気と不安を克服していく一つの要素ですから、アサーティブネスも取り入れるというか、そういうことが大事だよと言って、本を読んでもらったりしています。いろんな本が出ていますから。

ーアサーティブ・トレーニングはいいですよね。人間一人ひとりの平等な権利みたいなものを思い出させてくれます。

いろんな人に勧めていますよ。鬱の人は自分でため込んで後で爆発したりとか、悩んでいる人がいっぱいいますから、これを読んでみたらと勧めているんです。

-さっきのお話の中で、患者さんが治っていく過程で、自分らしい生き方ができてくると食べ方もうまくいくということをおっしゃっていましたね。私たちも食べ方をどうするということよりも、この生きづらさをどうしようかとしている中でだんだん回復につながっていったかなと思います。

テクニックじゃないね。テクニックだとなんか変なふうに工夫して、またこだわったりする。こだわりがひどくなると摂食障害がまたどんどんひどくな るから、テクニックじゃない部分でよくなっていく人が多いです。

仕事でうまくいって摂食障害もよくなるとか、とにかく無理をせずに、その人らしさが出るように、やりたいことをやっていただくと、薬を使わなくても自然とよくなるし、食べ吐きも少なくなったり、いつの間にかなくなっていたりとか、そういう人が 今のところは多いみたいですね。

-先生もそんな部分を重視されている。

はい。

-(いづ)食べ方をどうするか、そっちに行ってしまいがちなんですよね。「また今日もやってしまった…。明日からは絶対にやめよう!」とか。私もそうでした。今となったから言えるのかもしれないけれども、本当はそうじゃないのになあと感じることは多いです。

-そういう風に、食べる自分も含めてすべてOKってなって受けいれられるようになることが大切だけれど、その受けいれるというのが難しいんですよ。

そう。受けいれてほしいけど、こちらがレールを敷こうとすると嫌がられるから、その辺が難しいですね。どうしたらいいのか。

アルコールの人なんかでも、回復していく人は「えーっ」と思うように回復します。長く通院されていて、なかなかうまくいかず、しかしAAでいい出合いがあった方など、「私、飲まずにいることができていて、いろんなことができるようになって、いろんな仲間ができて、いろんなところに行って、こうなるとは思ってもいなかった」とおっしゃっている。それまでは、「うちのダンナ、私のことを全然わかってくれない、あんなダンナがいるから」と言っていたのが、ダンナのことを全然言わな くなった。ダンナさんは変わっていないだろうけど、自分がAAでやっていく中でいろいろ気づいて、他県に住む子どもさんのところに行っても、AAの夜のミーティングに出て仲間に会ってきて、自分なりの不安とかをそういうところで吐き出して、自分なりの生き方ができている。今はAAに週に何回も出てお世話 をする中で、以前とは違う自分を見つけ出したとおっしゃっています。

-アルコールで回復していく感じと、摂食障害で回復していく感じと、似ていますか。

大きく言うと似ているかな。

-自分の生き方、自分らしい生き方を見つけていく。

無理して、人の期待にばっかり目を向けていると、うまくいかないところがあるけど、自分なりのやり方で模索を続けておられる人はなんとか飲まずにやっていられるみたいです。そういうところでは似ているのかなと思います。

-「自分なりの」とか、「受け入れる」というところがキーワードなのかもしれませんね。
 では最後に、未来蝶.netの読者のみなさまにメッセージをいただけますか。

長く悩んでいらっしゃる人が多いから、独りで苦しんでいらっしゃる人には仲間が必要。でも人間だから、自助グループでうまくいかない場合ももちろんあるわけだけど、自助グループにもいろんな方が来ているし、その中で自分なりのモデルみたいなものを見つけて、あるいは仲間を見つけて回復される人が一 人でも多く出てくるのを期待しています。

-(ちい・いづ)ひろ先生、今日は素敵なお話が聞けてとてもうれしかったです。ありがとうございました!

 

奥田宏さんプロフィール

奥田 宏(おくだ ひろし)

昭和57年 金沢大学医学部卒
昭和62年 石川県立高松病院勤務
平成11年 谷野呉山病院勤務
平成13年4月 ひろメンタルクリニック開設
 * 石川中央保健福祉センター福祉相談部(児童相談所)嘱託医
 * 全国ひきこもりKHJ親の会:石川県支部 顧問
 * アルコール依存とアディクション勉強会(石川)世話人
 * 日本アルコール関連問題学会 理事
 * 金沢工業大学大学院心理科学研究科教授
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