トップ >> 治療に関する情報 >> 研究レポート・学会報告 2010年ザルツブルグ国際学会レポート 野村佳絵子さん

研究レポート・学会報告
~2010年ザルツブルグ国際学会レポート(野村佳絵子さん)

私が国際学会に参加する意味

 2004年にフロリダで国際学会デヴューを果たした私は、その後、モントリオール、ボルチモア、シアトル、そしてザルツブルグと、多額のお金と時間を投資をしながら世界の摂食障害事情を目の当たりにしてきた。むろん、学会だけで事足りるとはとても思っていない。むしろ、日本での日常の小さな活動があってこそだし、学会の華々しさと日常の深刻さとの間に大きなギャップを感じることもしばしばである。しかし、なぜか国際学会に参加すると、エネルギーがもらえる。元気になれる。ブツブツ言わずに、私もがんばろう!っていう気持ちになれる。不思議な感覚だ。なぜだろう?

 旅人だからか?日常から離れることができるからか?もちろん、どっちもある。でも、それ以上に、ステキな生き方をしているロールモデルたちと出会える喜びがあるからだと思う。AED事務局長のAnnie、AED前会長のJudy、イギリスのチャリティBEATのボスSusanたちとの出会いは、ちっぽけなことにすぐにくよくよしてしまい、周囲を見渡せなくなってしまう私に大きな希望をくれる。彼らは集団や組織をヴィヴィッドに動かす力を持っているとともに、一人ひとりの話をじっくり聞くという優しさを兼ね備えている。先のPaxtonもそうだった。おそらく、一人ひとりの声を邪けんに扱うようでは、周囲はついていかないであろう。鳥の目と虫の目を両方持つということ、私がずっと抱えている課題である。しかし、この両方の目を持つというのは、けっこうな自己鍛錬と支えてくれるサポーターが必要。いっぱいいっぱいにならぬよう、時には息抜きもしなきゃ。その息抜きの仕方も、長年私が抱えている課題かな?

 外国旅行にパスポートは必要だが、学会参加には名札は必要ない。もちろん、名前とか所属とか職業とか書かないといけないのだけれども、いちいち「あなたはどういう立場で摂食障害と係わっているのか?」「あなたは何のために摂食障害の研究をしているのか?」を問われることがない、という意味で。なぜなら、「この学会に参加している」という事実は、どんな立場であれ、摂食障害について十分考え、検討し、多分のエネルギーを費やしてきたという事実を証明しているからだ。そういう意味でフリーでいられる。”Kaeko“と呼んでくれる友達もたくさんできた。そして、彼らは「なぜ、Kaekoはここに居るのか?」を問わないし、私も彼らに問わない。問う必要がないからだ。

 今回、私自身の研究発表では「ジェンダー」に焦点を当ててみた。既存のジェンダー研究(女性が男性に負けぬよう、地位向上を目指すと摂食障害に陥る。男性の理想とする「女性らしさ」を追い求めると摂食障害に陥る。また、その両方の挟間で身動きがとれなくなり、摂食障害に陥る、など)に、もう少しつっこんで考える必要性を以前から感じていた私は、発展途上ではありつつも、現在このテーマに取り組んでいる。もちろん、ジェンダー研究から大いに救われた人はいるだろうし、その実績を否定するわけでもない。ただ、一部には「(広い意味でも狭い意味でも)より女性性」を追い求めて摂食障害になり、また「それ以上に徹底した女性性」を求めて回復しようとする人たちもいるのではないか?という仮説である。

 前者はたしかにジェンダーの問題であったかもしれないが、後者はジェンダーというよりももっと本質的なもの、すなわちセックスの問題ではないか?二元論で考えること自体がすでに社会的に構築された枠組みにのっかってしまっているという点は留保したうえで、少し乱暴な表現になるが次のように考えている。社会的に構築された基準に自分が見合うか見合わないかを自分に当てはめていたときはまだマシだったのかもしれない。しかし、それが生物学的な事実と直面させられた場合、私たちはどう身動きをとればよいのか?その時、身動きをとる力が果たして残っているのだろうか?「自己責任」という言葉で片付けるにはあまりに片付けられない何か本質的なものがあるような気がする。そういった視点に関心のある人は、ぜひご意見をいただきたい。

Annie

Judy

Susan