トップ >> 治療に関する情報 >> 摂食障害の基本知識 仲間に聞いてみよう!Vol.2 就労支援事業所を開設した鈴木こころさんにお聞きしました

摂食障害の基本知識 ~仲間に聞いてみよう!

“暗黒時代を経て、積み重ねた社会経験

-そうかあ。ちなみにこころさんご自身のお仕事の経緯というのは具体的にどんなふうだったんですか。

 たまたま地元の社会福祉協議会に入れたのがきっかけです。リボンの会をずっとして来てときどきお世話になっていたんです。NPOとかボランティア団体を支える仕事ってすごく素敵だなって思って、職員になれるとは思ってなかったんだけど、地元に新しくNPOの支援センターができるって聞いて、少しでも役に立ちたいって思って「ボランティアでお掃除をさせてください」って言ったら「掃除は業者の人に頼んでいるからさせられんけど、職員を募集しとるから受けてみたら」って言われて。怖くて断ったんですけど、ずっとニートなのに常勤職員なんか怖いじゃないですか、でも断わり切れなくて受けたら通って。

-時系列で言うと、リボンを立ち上げたのは平成16年、26歳の頃で、社会福祉協議会が…

 平成18年28の頃。そこから2年後に結婚したので仕事を変わったんですよ、住む場所が変わったので。ここからはまちづくりとかそういう風な仕事をずっとしてきました。その間もずっとリボンの会はしていて、オフィスパートナーをしたいって思ったのは…準備を始めたのが3,4年前。平成28年の1月には法人化をしたから、26年とかから準備かな。それで、まちづくりの仕事でもらった給料を貯めてた。300万円貯めて、部屋とか探して、いい場所がなくって一年ぐらい探し続けて29年オープンという感じです。

-なるほど。ちなみにこころさんご自身は、仕事をするにあたって多くの摂食障害を持つ人が抱えるであろう困難みたいなもの、人間関係なり食事が一緒にできんとかがんばりすぎるとかは割と感じずに働けた?ってわけでもなく?

 そうでもないです、ぜんぶがんばりすぎて。最初社協に入ったときに上司がいないときに電話が鳴ってしまって、取らなきゃって思って「もしもし」って言ってしまったんですよ。それで後で上司に怒られて「会社に入ったらもしもしではいかん。ちゃんと○○の鈴木ですって言わんといかんって」「ああそうなんや!」と思って。28歳にして初めてそういうことを知った。ずっと家にいたから、そんな教育されてないからわからなくて、そういうのも一つ一つ覚えて行こうって感じました。ビジネスマナー、お茶の淹れ方とかお客様は立ってお迎えしたほうがいいんだとか。あとやっぱりちょっと怒られたらクシュンとして最初は2週間くらい休んだりとか。

-うーん、うんうんわかる。

 一言一言重く感じてしまう。それで傷ついて自分が仕事に行けなくなって、でも休んだら休んだで人に迷惑かけてしまう。けどそれでも行けないっていう弱さとか。でも迷惑かけるって自分を責めるんだったら迷惑かけないようにしなきゃといかんって思った。そういう強さもやっぱり身に付けないとって。体験してない人にわかって欲しいって思いもあるけれど、摂食障害の自分も努力できるところは努力していかないと、それはがんばりを認めてもらえないんだなっていうのが強くあった。「自分は摂食障害やけんこういう症状があってこういう性格だから許してください」ではいけないのかなって。だけどできないこととか弱いところを強くすることはできないので、努力さえしといたら人はみんな助けてくれるんだなと思ったんです。

-それってなかなか、症状がひどい状態では特に、そういうふうに自分に目が向いて自分が変わろうってなることはなかなか難しいと思うんやけどどうしてそう思えたんやと思う?

 それはたぶん、26歳からの実家暮らしの間に、私一回死ぬぐらいの経験をしてて、だから自分は一回死んどる人間だって思っているからかもしれない。

-そうか、じゃあ26歳の頃というのは表面的には症状もひどくてしんどい暗黒時代だけれど中身はいろいろと変化があった時期なんやね。

 そう暗黒時代。一週間ぐらい、処方薬の薬抜きをして。大量に摂取してた薬を、自分でぜんぶやめてみようと思ってやめてみたらすっごい禁断症状が出て、汗はかくし何を食べたかもわからんしいつ寝たかもわからんような、すっごい精神的に苦しくて、一週間ぐらい地獄の日々やって、死ぬような思いをしたから…

-そうかあ、そんなご経験を…。その暗黒時代のときから積み上げてきたものがあっての社協時代なんやね。それで自分に目が向く心境にもなって…。社会スキルをある程度リボンの会で身に付けて働けたっておっしゃったけど、やっぱり働く中でもそれ相応のいろんな葛藤を経てきたってことやね。そのご経験がオフィスパートナーに活かされとるということなんやね。