トップ >> 治療に関する情報 >> 摂食障害の基本知識 仲間に聞いてみよう!Vol.2 就労支援事業所を開設した鈴木こころさんにお聞きしました

摂食障害の基本知識 ~仲間に聞いてみよう!

“きゅうりと氷しか食べられなくなって…

で、いつからか「食べてはいけない」みたいになってきたんです。高校1年生の終わりには、50キロあった体重が40キロになっていて、ちょっと「体育の授業がしんどいな」「フラフラするな」と思いつつ、先生にも言えず親にも言えず、自分が食べてないことを自分で知ってるから…。先生には「もう大学、どこでも行けるよ」「もっと偏差値の高い所に上げていいよ」って言われたけど、行きたい大学はもう決めていたので、そう言われてももう目標も無くなって、数だけにこだわるようになってしまったんです。でも、低体重で栄養が頭に回ってないので、勉強もできなくなっていくんですよ。2年生の時には、もともと望んでたクラスには入れたけれど、目標もなく楽しくもなく、ただ単にテストの点や偏差値だけを追い求めていた。

 それでどんどん食べる量も減ってきて、2年生の夏休みにはきゅうりと氷しか食べられなくなって、35キロになっていて。食べてなかったから便秘にもなって、お腹が痛くて母親に「お腹が痛い、実は生理も来てない」とようやく訴えたんです。それで総合病院に連れていかれて「即入院」ってなったんですけど、入院したらしたで、点滴で栄養入れられるじゃないですか。それが嫌で、「なんで太らすん」って、「せっかくここまで痩せたのに」って。

 そんな思いって経験してないとわからんと思うけど。でもその時にはその気持ちを言えなくて、理性では「太らんといかん」ってことは知っている。でも「なんで太らすんだ」っていえなくて、黙って点滴を受ける。本当は自分で食べないようにしているだけなのに。体は食べ物を欲しかった、頭も体も飢餓状態だったと思うんだけど、とにかく食べてはいけない、食べられない。自分で食べなくしているのを知っていながら、食べられないフリをしていた。

 先生や看護師さんはいい人たちだったから、入院によって気持ちは休めたけれど、自分では受け入れられないのに、そうやって栄養を入れられることに対して「人はみんな敵だ」みたいに余計に思ってしまって。雑談ぐらいは心許せるけど本当のことは誰もわかってくれないと感じていたんです。その時代はそんなに摂食障害のことをみんなが勉強していなかったし、だから誰もわかってくれないと思っていました。学校の先生も、病院の先生も、みんなして私のことを良くしようとしてくれているのは理解していたけど、本当のことはわかってくれてないなみたいな。医療にかかればかかるほど、どんどん孤独になっていった時期があって。

 今から思うと、そうしてでも命を守れたから、良かったとは思うんですよ。一時期病院にかかりながら、体重28キロ状態を続けていたこともあって、そのまま点滴もなく過ごしていたら、たぶん死んでたと思うんです。だから、今から思えばそれでも医療にかかれたことはありがたかったなと思う。でも、気持ち的にはそういう風にちょっと孤独感が増しました。

 それから先生の協力もありつつ、高校2年生を2回やって4年で卒業しました。で、そこから、行きたくもない専門学校に行って、一人暮らしも始めて、田舎だからどこか学校に行くとなったら一人暮らしをしなければならないんですよ、そこで、今度は一気に過食になって。