トップ >> 治療に関する情報 >> 摂食障害の基本知識 いろんな人に聞いてみよう!vol.1徳法寺 杉谷淨ご住職

摂食障害の基本知識 ~いろんな人に聞いてみよう!

苦しみを味わった人は先行く者として声を挙げることができる

杉谷淨ご住職 例えば、今では目の不自由な人の点字プレートが歩道に必ずあります。あれにしても、その方たちが「道を歩きたい」と声を上げ、周りが聞く耳を持ったから、できたわけです。ほとんどの人には必要ないし、かえって歩きにくいし、自転車なんか危なかったりする。でも、あれができることで目の不自由な方が自分で散歩に行けるとわかったから、できたわけです。そういう方が経験して声を出して、それを聞く人がいたからつくられた。全部そうなんです。摂食障害も含めて、全部そうだと思います。もっと「こうなんだよ」と声を出していく。そして周りが「当たり前なんだね」と聞いていく。経験した人がちょっとでも世の中に接点を持てるように工夫していく。一人でもたくさんの方が世の中で普通に生活できるように、みんな頑張ってみようという方向性が大事です。自分のスペースを削ってでも、点字プレートの分を空けようという努力をしていければいいんじゃないか。どっちがいいか悪いかじゃなくて、どっちも必要なんです。

 そのときに、「自分はだめなんじゃないか」「自分は不幸だ」「なんで私がこんな目に遭うんだろう」「だれもわかってくれないじゃない」という思いに対して、「いや、そうじゃないよ。それはあなたにとって都合の悪いことだけど、世の中にとっては必要なことかもしれない。あなたは、みんなが引きたくないくじを引いてしまった。だけど、誰かが引かなきゃいけなかった。たまたまそれがあなただったのかもしれない。引きたくないくじを引いたから不幸かというと、引いてしまったからこそ気づくこともある」という考え方。小学校の掃除当番で「えっ、便所掃除!」だれもしたくないです。でも、あれをして初めて気づくことが結構ある。廊下の掃除ばかりしていたらわからなかったことが、やりたくない便所掃除が回ってきたときに、「やっぱりきれいにしたら気持ちいいね」と、使ってみて初めて気づいていける。

 ―摂食障害も社会全体の観点から見たら、世の中に何か必要があって起こっている現象なのでしょうか。

 そうだと思います。世の中に何か問題があったら、どこかに歪みが出る。その歪みが社会の病気や犯罪という形になる。そういう形でないと、どんどん世の中が悪いほうに行く。それをちゃんと見ていかないと、さらに病状は悪化します。病気にもよりますが、時代が変わろうが国が変わろうが、ほぼ同率に起きるダウン症のような病気、これはどこの国にもあります。そういうものと、時代や国により出たり出なかったりする病気、これは社会的な病気です。そのときの社会の歪みが痛みとして出てきているわけです。それをちゃんと見分けていかないといけない。

 摂食障害という障害が過去どれくらいあったか、多分データはないと思います。ふえているかどうかもよくわからない。けれど、声を上げる人がふえたことは確かではないでしょうか。以前だったら黙っていたが、今はちゃんと声を上げられるし、それなりに世の中も、わずかですが受けとめるようになってきたから、いい傾向だと思います。だから、もっと声を出して、もっとネットワークをつくって、お互いに支え合い、世の中に要望を伝える。「私が悪いんです」という話じゃなくて、「こういうこともあるから、もっとみんなで頑張っていきましょう。世の中でもうちょっと受けとめていきましょう。私だけの問題じゃない。あなたや家族にいつ来るかわからない。そういうときに、私がしんどい思いをした分、後から来る方に楽になってほしい」という声出し活動が、自分だけじゃなくて、後の方に何かを残していくためにも大事なことだと思いますね。

 中国のお坊さんで玄奘三蔵がインドに経典を取りにいく話があります。そのときの日記の一節に「骨道」という言葉がある。インドまで行く砂漠には道がない。風が吹けばなくなってしまう。だけど玄奘は道に迷うことがなかった。なぜかというと、点々と骨があったからです。自分に先立ってインドを目指した方が、途中で倒れて骨になっていくわけです。その方は生きていないが、その方がいたおかげで後から行く者が一歩ずつ近づいて、そしてインドまで行けた。だから、自分の力で来たんじゃない。先立って歩いた人の骨が道しるべとなったから自分はたどり着くことができた、という話です。闇の中でもがいている自分だけのスパンで考えたら、それはすごく虚しく思えるかもしれないが、半歩でも進めたら、次の人がもう少し楽に先に歩を進めていけます。ならば、それぞれの人生には十分な値がある。逆に言うと、半歩進む努力はしないといけない。自分が負うてきたものだし、自分に与えられた仕事だと思って、後から来る方のことを思って道を切り開くのが、先に行く者の使命だと思いますね。