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自助グループについて ~自助グループをつくろう!

なくてもOK、あれば助かるもの(こと)

 ここから先は、自助グループの運営に必須(不可欠)というわけではないけれども、あればそれなりに便利で助かるかもしれないものやことについての紹介です。

4 広報や宣伝

  前項の< 3 仲間を見つける >で触れたように、活動を始めるともしかしたら広報をする必要性を感じることもあるかもしれません。特に、「こんなグループをやっているよ」ということを、必要としてくれる人に伝えたい場合には、広報の工夫は大切だろうと思います。

 ですが、意外に感じられるかもしれないのですが、広報をあまりしなくても続いていくグループというのもまた存在します。主要メンバーが数人いて、徐々に口コミ的に参加メンバーが増えていくと、1回のミーティングでの参加者数は少なくても、なんとなーくメンバーが入れ替わり立ち替わりしてグループそのものは続くというケースも多々あります。

 大切なのは、『広報しよう』とすることよりも、「自分(たち)に今出来ること、するべきだと思われること」を着実に行うことです。出来ることを行うだけで、不思議と必要な道は開けるものです。

(1)広報では、「わかりやすく」伝える

  グループのことを広報する・しないにかかわらず、「もし広報するとしたら…?」と想像して、自分たちの行う活動について整理しておくのは後々に役立ちます。問われたときにいつでも他者にわかりやすく伝えることができるようになりますし、グループの位置づけが明確になるので、自分にとってグループがかけがえのない場となっていきます。

 具体的には、以下について整理するのはいかがでしょうか。既に仲間がいるなら仲間と一緒にこれらについて確認しあうことで、交流がもっと深まるかもしれません。

 ・日時と頻度
 ・場所、会場
 ・グループの名前
 ・グループの名前にこめた意味や願い、グループの特徴(数行で言うとしたら?)
 ・参加条件(当事者のみ? 性別や年齢層は?)
 ・問合せ方法(誰が、どんな手段で問合せに応じるか)
 ・自分たちのグループを、どんなイメージで思い描いてもらいたいか
 (「気さくな」「丁寧な」「信頼できる」「愉快な」「泣いてもOKな」「ほっとできる」などなど)

(2)広報であえて全てを明らかにしない方法もある

 広報をしよう!となると、日時や場所,問合せ先などをすべてつまびらかにせねばと考えがちですが、摂食障害の人のグループの場合、そうでもありません。手話サークルや英会話学習グループなどと違って、摂食障害はどちらかというと『できれば周囲の人に知られたくない』と考える当事者が多いためです。もし、チラシに日時と会場が書いてあると、「当日その会場に行く人は摂食障害ってバレちゃう」と気になさる人もいます。また、もしも仮に『摂食障害もアルコール依存もある』という人が参加なさってアルコールに関する話をメインになさるようなことがあれば、混乱する仲間も出るかもしれません。

 広報で、日時または会場のどちらかひとつの情報を敢えて伏せておくと、そうした混乱を 予防しやすくなります。不明項目をわざと作っておくわけです。すると、関心を持つ人は必ず事前に一度問い合わせをくださいます。その場合、『参加メンバーのプライバシーのため、会場については(日時については)個別にお伝えします。お気軽にご連絡ください』など、チラシの中になにか一文があると、問合せのハードルを下げることにつながるかもしれません。

 もちろん、日時や会場など、参加にあたって必要な情報をすべて広報で明かしても、それはそれでOKです。その場合は事前連絡なしの参加者もいらっしゃるかもしれませんが、その分問合せ対応の労力が軽減できます。『いつでも、思い立ったときに気軽に来てみてください♪』という色合いのメッセージも発しやすくなりますね。

5 グループを運営する基本的なしくみ

 基本的なグループ運営のしくみをつくり、仲間とそのしくみについて合意しておくと、運営がより行いやすくなる場合があります。活動の初期は、思いついたことを思いついた人や出来る人が行えば間に合うことばかりですが、適宜整理して運営のしくみを作っていくと、活動の負担が一部の人に偏るのを防ぐことができます。また、メンバーそれぞれが役割を分担して主体的に行動できるので、活動への意欲も高まりやすくなります。

 ・グループの代表は?(偉い人とか責任者というよりも、外部からの連絡対応係のような位置づけです)
 ・ミーティングの会場を借りる係は? その手続きは? 
 ・ミーティングの日時をメンバーに知らせる手段は? その係は?
 ・チラシづくり等の係は?
 ・活動日に急用や急病で行けなくなったら、誰にどのように連絡?
 ・もし緊急で相談して解決したいことが生じたらどうする?
 ・定例のミーティング以外に、運営について話し合う機会は設ける? それはいつ?

6 グループに参加するための基本的なしくみ

 グループ参加についても、活動と共に参加者層は明確になってきますが、確認の意味で、必要に応じて対象者や手順について、しくみや決まりを整えるといいかもしれません。

 ・初参加を検討する人への応対係は? どんな対応や返答を心掛ける?
 ・参加者の情報(名前、住所、電話番号、メールアドレスなど)は、どの程度グループ側で把握する? 匿名参加可とするかどうか?
 ・メンバー名簿は作る? 作った場合、メンバー全員で共有?それとも事務局側だけで保存?
 ・摂食障害なら誰でも参加可? 性別は? 過食でも拒食でもOK?
 ・回復を目指す人のためのグループにする? 回復を目指さなくてもOK?
 ・摂食障害の人の家族などが『勉強のために』参加を希望したらどうする?

7 グループ活動を行う際の基本ルール

 「言いっぱなし、聴きっぱなし」というフレーズを聞いたことはあるでしょうか。  多くの自助グループでは、この「言いっぱなし、聴きっぱなし」が大切にされています。筆者なりの理解で、この言葉が意味するところをもうすこし掘り下げてみまーす。

(1)言いっぱなしとは、「今の自分」に焦点をあてること

 「言いっぱなし」とは、グループの中で話すときに、『今、ここで、自分が感じていること』を話すようにするということです。『今』感じることを話すので、もしかしたら次回は矛盾することを話したくなるかもしれません。前回「もっとがんばらなきゃ!と思います」と語ったばかりなのに、今回は「無理にがんばるのは辞めにしました」と言いたくなるかもしれません。

 世間一般ではどちらかというと、「一度口にしたことは最後まで責任を持ってやり抜く」ことのほうが善しとされます。ですから、語ることがコロコロと変わるのはダメなことだと評価されがちです。

 それでも、自助グループでは『今、ここで、自分が感じていること』を語ります。整合性やつじつまについて頭で考えすぎるのをやめて、「〜べき」という価値観と距離を取るのです。

 なぜなら自助グループとは、『評価』という物差しを脇に置いて、素の自分を取り戻そうとする人が集う場だからです。

 「さっきまでこう感じていたのに、それを口にしてみたら、こんな気分になってきて、…アレ? 今はさらに、こんな風に感じているぞ」と、自分の感情や気持ちの変化にそのまま気づき、善悪や正誤の評価の物差しを使わないで、ただ受け止めてみる。それは、自分が物や機械ではなく、生命なのだという実感につながります。言いっぱなしで語ることを繰り返すうちに、少しずつ「生きる」ということが楽になっていくだろうと思います。

(2)聴きっぱなしとは、人に差し障りがないやさしい姿勢

 「言いっぱなし」を支えるのが、聴き手、つまり場と時間をわかちあう仲間の「聴きっぱなし」な聴き方です。話し手の話すことにじっくり穏やかに耳を傾けます。評価や分析、否定はしません。

〔評価って?〕

 このような場合に使われる「評価しない」とは、たいていは『そんなことをしたらいけない』『そういうのは良くない』など、マイナス評価のことを差します。同時に、プラスの評価であっても評価そのものが自助グループに馴染まないと考える人たちもいます。そうした人たちは、プラスだろうとマイナスだろうと一切の評価から距離を取ります。プラスの評価というのは少しわかりにくいかもしれませんが、例としては、『それは良いことだね』『がんばっているね』『よくやっているね』『それでいいんだよ』などです。

〔分析って?〕

 話し手の話を聴いて、「それは無意識に〜と思ってやっていたことなんだろうね」など、一方的な想像で相手の発言を一定の枠に入れてしまうような見方やコメントのことです。当たっているかいないかは問題ではありません。相手が望んでもいないことを押し付けるという姿勢自体が、自助グループでは不要なものとされることが多いのです。

〔否定って?〕

 「そんな風にしか考えられないから、いつまでたっても〜なんだよ」と、話し手の感じ方やありようを良くないものとして位置づけるコメントのことです。自助グループでは、たいていの場合、話し手は、目の前のものに苦悩しながらも、無意識では受け止めたいという気持ちがあるからこそ話すのです。無視できることや気にならないことは、そもそも話にのぼりません。話し手のプロセスの進展を支えるためには、話し手の感じ方やありようを脅かさないことが大切です。

〔評価や分析や否定をしない聴き方って?〕

 私たちの日常には評価や分析があふれているので、それなくして感想を語れないと困難を感じる人もきっといらっしゃると思います。

 困難を感じても、誰にでもできることがひとつだけあります。それは、何も言わずにただ黙って話を聴くことです。そして、黙って聴くというのは、聴いたことを外に漏らさないことも意味します。

 これは、言うほど簡単なことではないかもしれません。その場では黙っていられても、時間が経過してから、「あのとき、〜って話していたのを聴いて、内心はこう思っていたんだ」とつい(その話をしていた人に)言ってしまったり、秘密を漏らすという悪意がなくても、結果的にそうなってしまったり。

 もし、自分以外のメンバーが話したことがなぜか気になってしまうようなことがあれば、次のように考えてみるのもいいかもしれません。筆者には有効なので良かったらお試しください。

 『あのときの○○さんのあの発言は、あの日のあのときのあの場の雰囲気やメンバーや話の流れがあって、○○さん自身の体調や気分もあって…と、多くの要因が重なったからこそ出てきた発言。もしどれかひとつだけでも条件が異なっていたら、○○さんはあの話をしなかったかもしれない。その程度の発言なのかもしれない。重要なことなら、○○さん自身が今後も繰り返し話してくれるだろう。だから私から再度触れる必要はない。きっと大丈夫』と。

 たとえ何もコメントしなくても、私たちが真摯に耳を傾けて聴いていれば、それは話し手には伝わります。

 聴きっぱなしと聞くと、なんかちょっといい加減なような、当たり障りのない安易な方法というイメージが沸くかもしれません。でもだからこそ、です。話し手のプロセスが進展するためには、聴き手の聴き方が「良い加減」で「障りがない」ということこそが大切です。