トップ >> 治療に関する情報 >> 摂食障害の基本知識 ドクターに聞いてみよう!vol.7安藤哲也さん

摂食障害の基本知識 ~ドクターに聞いてみよう!



医療と自助グループの間にはズレがある???


いづ : 私が今聞いていて思ったのは、たぶんドクターたちに自助グループがあるという認識やそれが使える資源だということが浸透していない現実があって…


まっちゃん : そう、選択肢の中に入っていない。


安藤 : ああ、そうでしょうね。


いづ : そのことに関して、何を私たちが満たせば信頼していただけるのかとか、


みか : そうそうそう。信頼度が少し足りないんだと思う。


まっちゃん : 本当はもっと連携が取れるんじゃないかなって。


いづ : たぶん信頼度が低いというのは当事者がやっているから「いや患者でしょ」みたいなこともあるかもしれないし、いろいろあるんだと思うんですけど、自分たちがどんなところを気を付けたりPRすれば連携が可能になるのかってところはすごくお聞きしてみたいです。


安藤 : たしかにそういうところがあるかもしれませんね。信頼度というのはね。医療機関が関わっているグループは別ですけれど、そうでないところだと…。こちらもよくわからないですよね。信頼していいのかどうか。


いづ : ではどうしたらいいのでしょう。


安藤 : 自助グループにはちょっと問題があるみたいなことをおっしゃるドクターもいらっしゃるし、こちらからすると逆に区別がつかないですよね…。


みか : 例えばの話ですけどさっきの研修みたいなものの自助グループ版をやることで解決されないでしょうか。自助グループの良さってもちろんあるからそこを残しつつも、一般的にこのぐらいは満たしておこうよ自助グループの人たちも、みたいなところが底上げできたり…。


安藤 : 私もよくわかっていないんですが、問題のある自助グループっていうのはどんなところなんでしょうか。


いづ: 問題のあるグループがあると私自身は思っていません。ただ、問題だと捉える専門家がいらっしゃることは知っています。例えばグループで吐き方を覚えてきたとか、


安藤 : そうですね、それはかえって悪いですね。


いづ : 行動制限療法なんかをしている患者さんが自助グループに行ったら「食べて吐くのは必要なことなんやからすればいいんや」と言われて来たりとか。考え方の違いみたいなものがまずあるかなって。必ずしも私たちは食べて吐くなどの症状を悪いこととは思っていない部分があったりとか。そのズレみたいなものはすごく感じています。


安藤 : なんかちょっとこの、食べて吐くといった症状を肯定するようなことは…


いづ : まず症状を肯定することで自分を責めることから解放されて楽になったほうがもっとスムーズに回復に向かえるんじゃないかという実感があります。それでもグループによって考え方はまた異なるし、同じグループ内でも3人3様だったりするんですが。


安藤 : でも吐かないほうがいいんですよね、やっぱりね。吐くのは症状だから自分を責める必要はもちろんない。でも食べて吐くことは心身に悪影響を与えるのでそれは減らさなくてはいけないけれど、自分を責める必要はないとは思ってますけど…。


いづ : なるほど…その辺が何かこうやっぱり…


安藤: 肯定するというとやっぱり違ってくるかな…。食べ吐きはエネルギーも使うしもちろん無いほうがいい。それを減らすということがまず治療の基本にある。自分を責めるっていうのは、病気で熱がある人がそれを責める必要がないのと同じでそんな必要はない。患者さんは治すことについては、責任はあるけれど、症状があることについては、責任は無い訳ですよね。


いづ : 多分その、今申し上げたのは一つの例で、そういった小さい、か大きいかわからないですけれど、医療、治療っていうことと自助グループにおける回復っていうことの考え方が、医療にもいろんな考え方があるのと同じで自助グループもそうではあるんですけれど、何かズレみたいなものがあるのを感じます。でも最終的には症状が必要なくなって楽になることを目指すところというのはどっちも同じですよね。


安藤 : そうですね。


みか : そうだよね、最終はそこだよね。ただプロセスの途中がちょっと違うかな。


安藤 : 症状が必要っていう考えは、私はやっぱりちょっと賛成できないですね。症状が無いほうが絶対に力も出るし、症状が無いとやっていけないと思っているけれど実はそうではないし、症状が無いほうがいろいろな問題に対処できると思うんですよね。そこがちょっとわからないかな。


いづ : そこは医師の中でもまたいろんな考え方があるんでしょうね。


安藤 : やっぱり症状が無いほうが絶対に楽しいと思うし、食べ物がおいしいほうが、過食嘔吐が無いほうが楽しいでしょうし、心身も安定するし。見違えるほど元気になる患者さんもいますよね。あかりプロジェクトさんも書いていますけど、自由とか自分の力が失われている状態なんでしょうね。もちろん、じゃあ症状が無くなればすべて楽になるかというと必ずしもそうではないし、病気が治ってもうまくいかないことも出てくるわけだけど、少なくとも症状があることで本来の自由を失うということを感じているので、気持ちが楽になるかどうかは別にして、なるべく早く症状をなくすことで本来の可能性を取り戻すことは先にしたほうがいいと思いますね。


いづ : じゃあ、症状はあってもいいんだって言うようなグループは患者さんには紹介したくないと思いますか。


安藤 : あってもいいというよりも、とりあえず、今は止められないんだけれど、現状としてはすぐには治らないんだけれど、でもやっぱりどうやって回復していくかということを目指して…


みか : じゃあ一緒だね。そこは一緒だ。


いづ : うんうん、そういう意味だったらそこは一緒ですね。あっていいというのはずっとしてていいという意味ではなくて、今それが起こっているってことは仕方がないことだっていう意味で…


安藤 : だから病気の人がそのことで自分を責める必要はないっていうのはそう思います。


いづ : そこは一緒のことを言っていたんだと思います。


安藤 : そしてどうやって回復を目指していくか…。そしてもう一つ、症状を認めるという考え方に立つと医師の中には自分で選んでやっているんだとか、あるいは医療は必要じゃないじゃないかという考え方も出てきちゃうので、そっちのほうに行ってしまう可能性があると思ってる。要するに、症状があっていいんだってことになってしまうと、まあいじわるな言い方をすれば、じゃあ別に治療しなくていいじゃないかということになってしまう。


みか : 医療に繋がる必要は無いんだということになりかねない。


安藤 : なりかねないですよね。


いづ : 難しいですねえ…


安藤 : やっぱり患者さんには医療に助けてほしいと言ってもらわないと僕らもちょっとやりにくいということはありますね。


いづ : 今申し上げたのは本当に一例で、小さな、ちょっとした医療と当事者グループとの違いというのはたくさんあるような気がしていて、そこを乗り越えて連携しあうことになっていったらいいなというのはすごく願いますね。


みか : そのちょっとの違いを今日みたいにお話して、じゃあこうしようかってお互いにやり方をすり合わせていったら信頼してもらえたりとか、知ってる人やったら紹介してみようかみたいなところからやと無理がないのかな。


いづ : 本当にそうやね。それこそこれは時間も手間もかかることやし、毎日、安藤先生とお話させていただくわけにもいかないし、でも少なくとも今日のこのやり取りは、知ることができたし知っていただくことができたという意味では一つの大きな出来事だったと思います。


安藤 : あとはまあ、幅がそれぞれあるから、症状が必要かどうかとか家族の問題もそうだけれど、例えば親子関係が関わっている方もいらっしゃればそうじゃない方もいらっしゃったり…、あまり一律に始めから摂食障害はこうだみたいな決めつけは良くないと思いますしね。よく話を聞いた上でその人に合った方法を考えていくのが大切ですよね。そしたら親子の問題だとかそうじゃないとか、症状が必要だっていう方もいらっしゃるかもしれないけれど、やっぱり一律に最初から決めつけることは良くないと思いますね。すみませんこんな話で。


いづ : いえいえ、今日は本当にありがとうございました。