トップ >> 治療に関する情報 >> 摂食障害の基本知識 ドクターに聞いてみよう!vol.2香山雪彦さん

摂食障害の基本知識 ~ドクターに聞いてみよう!

自己評価の低さも、学習で変えていくことができる

―本当の病気は、自分の本当の気持ちを出せないところなんだ、とか、遺伝子で決められてしまう変えられない部分と変えられる部分があって、自己評価の高さ低さは変えられる部分だ、と著書で言い切ってくださっているところなど、そのあたりをお聞かせいただけますか。

 変えられる部分の性格といっても、特に自己評価の部分ですけど、3歳くらいまでは環境の影響を大きく受けて変化するのだけれど、4~5歳からは変化が起こりにくくなって、長くみても思春期までにはやっぱり固まってしまうわけですよ。固まったらそれは変えられないのだけども、別のことで実質的には変えることができる。
 例えば、同じころに固まるものに言語中枢があって、それも4~5歳から思春期までには固まってしまうんです。言語中枢というのは大部分の人では大脳の左半球にあるんですが、その言語中枢になる部分が3歳くらいまでに壊れると右半球の同じ部分に完全な言語中枢ができます。ところが、小学校に行く頃になって壊れると、一応反対側にできるのだけども、少し不完全なのしかできないんです。思春期を過ぎて壊れると、完全に失語症になります。というように言語中枢ができて初めて言語が使えるようになるわけで、それが壊れると言葉が一切使えなくなる。
 そんなわけで、僕が英語を習い始めた12歳には言語中枢が固まっていたけど、ところが僕は今、決して得意ではないけれど英語が喋れる。2年あまりアメリカに留学してましたし、今でもふつうのコミュニケーションに困らない程度の英語は喋れます。最近もアメリカ時代のボスを招いて2週間一緒にいて、最初の1~2日は言葉を考えてひねり出すのにちょっと苦しかったけれど、あとは毎日ふつうに英語を喋って暮らしてたんです。それは言語中枢で喋っているのではなく、学習して得た別の脳機能で喋ってるわけです。その証拠に、僕がボスと英語で喋っていたところで家内に「今、何言ってたの?」と聞かれたことがあって、そのとき「今こういう話をしてたんだよ」と日本語では伝えられるのに、今聞いたばっかりの英語を繰り返せなかったということがあって、僕は学習したもので日本語に置き換えて聞いたり喋ったりしてるんだということがわかった。
 そのように、出来上がったものは変えられないけれども、それをカバーするものは学習で得られる。自己評価の低さという性格も、それは変えられない。三つ子の魂は百まで変えられないけども、別のもの、学習して得たものでカバーすることによって、実質的には変えていくことができる。僕が英語を喋れるのと同じ程度には変えられる。それは断言できます。  そうしたら、その学習にはどうしたらいいのか。それは、自分はここにいていい人間なんだ、自分にはそこにいていい場所があるんだ、自分にはありのままの自分で受け入れられる人間関係を持っているんだ、という経験を積み重ねる以外にないと僕は思ってます。
 それを積み重ねるために必死になって試してるんです、みんな。傷つくことも多いけれど、しかし、中にはそんな経験が得られて、一つ得られたらそれを種にして、そういう体験を積み重ねていける。自助グループというのはまさにそのためにありますよね。ここは自分が安心していられる場所なんだ、安心して自分の言葉を話せる場所なんだと。そういう経験の積み重ねでしか学習できない。1回や2回経験したってダメです。それを積み重ねなきゃどうしようもない。時間をかけて。時間をかけて積み重ねていく。何年もかかりますよ。出来上がってしまったものを新しい別のものでカバーする、それは英語を習い始めたってすぐに喋れないのと一緒で、時間がかかる。しょうがないですね。
 その経験のひとつとして、お母さんとの関係が大きいんですね。お母さんとの関係が安心できるようになるのが大きいのだけども、しかしお母さんが変わってくれなかったらしょうがないですよね。その時はあきらめるしかしょうがないんですよ。けど、あきらめるためには、とりあえず本当の思いをお母さんにぶつけてみなければならない。親なら言わなくてもわかってよと言葉にせずに過食を続けてもだめです。本当の思いを言葉にしてぶつけて、それでもだめなら、さばさばとあきらめて、そうしたら別の人を探せます。
 また、時間がたてば必ず解決されるかというと、それは本人次第のところもありますね。本人がどれだけの理解能力や理解しようとする気持ちがあるか。そのような経験を積み重ねるということを理解しようとしなければ、ちょっと救われるとは言い難い時もあるわけですよ。それは、なかなか難しいところもあります。

―理解能力というのは、自分に起こっていることを言語化するとか、そういったところでしょうか?

 そうですね。言語化の能力ももちろん必要ですし、ちょっとした勇気も必要です。過去にさかのぼる。ここは触れたくなかったんだけど、というところに触れる。封印していたところを、なんとか解放してやる。そういう勇気です。それを、わーっと出せる人と、本当に勇気を振り絞らないと出せない人と、それはその人の性格ですよね。いずれにしても、それを安全に出せる場が必要なのですが。