トップ >> 治療に関する情報 >> 摂食障害の基本知識 ドクターに聞いてみよう!vol.2香山雪彦さん

摂食障害の基本知識 ~ドクターに聞いてみよう!

本人のみなさんには、なぜこんなに苦しんでいるのかという本質を教えってもらってきました

―先生は、神経生理学という分野の脳や神経の専門家でいらして、でも最終的にはこれは人と人のつながりの温かさを信じたいけど信じられないことの障害なんだとおっしゃってますね。

香山雪彦先生 僕は脳生理学を専門にしているけど、研究テーマとして摂食障害を考えたことは全くないんですよ。この人たちを研究の材料には絶対に使わないと、関わり出した時に誓いました。そうじゃなくて、純粋に人としての関係でつながりたいと思ったので。だから今でもそういう関係で論文を書いたことはないです。

―一番大切な信頼関係とか温かいつながりというものが、そのことで亀裂が入る恐れがあるということですか。

 そうです。研究テーマにはしない。ただそこで感じ取るものだけを糧にしていくんですね。いろんなことを教えてもらい、そしてそれは自分の心の中に蓄積していく糧になっている。精神科で診てもらっている人が、外来や入院でいろいろ話してても絶対に言わないことをこのミーティングでは言ってくれたりしています。家族もそうだし。

―絶対に言ってくれないこととは?

 やっぱり診療の場というのは、時間も短いのだけども、一種の駆け引きの場ですから。

―より深い所に入っていくのは難しい。

 そうそう。しかも直接病気に関係のない、はるかな背景になっていることとか、そういう思いはミーティングでしか聞けないですから。そういったことを聞かせてもらうのは、もう本当に、教えてもらうという感じですね。心の糧になっていきますね、僕のような立場にいる人間にとって。教えてもらっていることはいっぱいあって、だけどもそれは僕たちが研究のために尋ねたり、あるいは診療のために尋ねていることではなくて、自然に心に積み重なっていくものなわけで。だからものすごく勉強させてもらっているけれども、勉強のためにミーティングに出ているのではない。そういう感じですね。その辺は、臨床の場に出ている人とは全然違います。臨床の場に出ている人はなんとかしてあげなきゃいかんのだもの。だけども、なんともならないんだということがわかるようになるまでに時間がかかる。
 そんなふうにして教えてもらってきたことの一つだけれど、患者さんや家族の人たちに境界性パーソナリティ障害ということを明確に言う医師がいますが、僕は今、境界性パーソナリティ障害という人格に障害のある人がいるのではなく、そういう状態に陥らなければいけない時間帯や時期があるんだと思ってます。そういう時間を過ぎていくと、その人たちは本当にやさしいですからね。本当にやさしい。時々狂うんだけれども。狂ってまた怒りをぶつけたりする時もあるけれども、そういう時間帯・時期以外は本当にやさしい人たちです。だから、そういう人格障害なんて人がいるんじゃない。もともとそんな障害があるんじゃないと思ってる。ただ、そういう状態じゃないと生きていかれない時期とか時間帯があるんだ、と思ってます。

―香山先生がおっしゃることが、当事者の私にも、ああ、この先生分かってくださる、というのがあるのは、やっぱりそれだけ沢山のご本人の方と関わってこられたからかなあと思いました。

 臨床の場でないところで関わっていますから人数は少ないけれども、深くかかわった人たちが何人かいる。何人かですよ。その人たちと、何にも知らないところから、共依存という言葉も知らないままに関わって、そういう中で教えてもらってきたことがたくさんある。治すという立場ではないわけですから、僕はね。たとえば精神科の医師ならば、指導者たちからこうなんだと教えられて、共依存に陥ってはいけないよと最初から教えられるし、医者と患者は契約関係だよということを教えられるし、そうやって前もって教えてられたところから診るわけですが、僕は患者さんとしてその人たちを見たのではないですから、そういうものが何にもなかったんです。いきなり本人に関わった。それで、すったもんだを繰り返して。

―先生が教えられてるとおっしゃった、それを言葉にするとどういうものなんでしょうか。

 なんでしょうね?なぜこんなに苦しんでいるのかという本質を教えってもらってきたのか。要するに、教科書みたいなもの読んだってこれは本当と思えないことがいっぱいあって、これが本人を見てたら「あ、そうなのか」と。「先生、それは違います。」とか言われたりもするわけで、「おおそうか。それはごめんね。」と言うこともよくあるし。まあ、すべてという感じですね、教えてもらったことは。

―先生の著書は、何が起こっているのかわからない、言葉にならない段階の人に、先を行く仲間たちが言葉のプレゼントをしてくれてる感じがします。

 こういう本を書くときというのは、だいたいにおいてプライバシーの問題で症例を混ぜ合わせて書くことが多いけれども、僕は全部本人が書いてきた文章、あるいは言葉をそのまま載せさせてもらったわけで、もちろんそこは全員ちゃんと了承を得て、それ以外の個人にかかわる部分も、全部原稿を書いた段階で「こういう載せ方をさせてもらっていいでしょうか」と尋ねる手紙を出して全部了承を得ています。それはみんな喜んで使ってくださいと言ってくれた。それで凄まじい、生の声を出させてもらえたというのがこの本の特徴かなとは思います。