トップ >> 治療に関する情報 >> 摂食障害の基本知識 ドクターに聞いてみよう!vol.1大河原昌夫さん

摂食障害の基本知識 ~ドクターに聞いてみよう!

世の中全体の幸せ追求ムードは、子どもにとってははなはだ大変なんです

―本の中ですごく印象的だったのは、家族は治そうとすることよりも、治った後の安心できる環境をつくるのが役割だとおっしゃっている部分です。何らかの家族の要素があったかもしれない、辛い思いをしてきたんだけど、家族という場所には希望もあるよと。

家族会はまさに待つことなんですよね。本人が治そうと思ったときに、わかった、じゃゆっくり待ってるよと言えることに家族同士のつき合いの意味があると思っているんです。焦って家族が治そうと思っても、まずうまくいかないわけで、どうやって家族が待てるかということですね。家族が焦って、早くと言っても、だいたいうまくいかない。本人に非難されてもゆっくり受けとめてほしいし、反省すべきところはして、理不尽なことを言われたら家族も反応していいし、そうやってお互いが言いたいことを言い合ったほうがいいと思ってます。

―まさにお互いが言いたいことを言い合える関係づくりということですね。

私が家族の問題を指摘したり、家族へのアプローチを重視した発言をすると、「完全な家族はない」と言う反論がときに飛び交ってくるんですが、摂食とか思春期の病気で問題になるのは、夫婦仲が悪いことではなくて、家族内に問題があることが言えないということなんです。つまり、お父さんが怖いということが言えていればいいわけです。言えない家が問題なんだね。あるいは、うちの両親は世間からかなりいいふうに見られているけど、私はそうでもないことを知っている、これが一番まずいんですね。決して家族の幸福度というのを僕らは計っているわけではなくて、計りたくもないんですが、あくまでも家族の葛藤を本人が一人で背負って人に言えないことが問題ですね。開けっ広げに言えていれば、あるいは友だちに言えていれば、ずいぶん子どもは楽だと思います。ここに来て「うちのお父さん、普通」と言う人はだいたい言えていません。普通と思いたいというか、「普通」と人には言ってきたんでしょうね。でも半年もたつと違うことを言いますから、違うんですね。

―本にも書いておられましたね、ここもすごく印象的だったんです。完璧な家族なんてもともとないから、不完全でよくて、その不完全を認め合う。

お父さんに欠点があることを言えればいいんだけど、言えない。摂食の子どもたちは両親に気を遣っていますよね。必要以上に気を遣っている。それが負担ですかね、やっぱり。

―優しいんですよ。

というか問題を背負っちゃうんだな。全然背負わない子どもは早々と家をさよならして、どこかへ飛び出しちゃったり非行に走ったりしてます。非行に走らない子どもは自分で抱えますね。

―そうですね。外に向かわないで、自分の内側に向かう。

全くですね。そうすると、やっぱり辛いですね。世の中全体が幸せ追求ムードですから、それは今の子どもにとってははなはだ大変なんです。みんな幸せを追求しなきゃいけない雰囲気になっていますから、自分の家だけ幸せでないということは、子どもたちにとってはかなり大変です。その世の中の雰囲気は強いかな。

―もしかして親もその雰囲気に振り回されている。

子どもの不幸を許さないという感じになっています。よくあるじゃないですか、「この家から摂食障害が出るなんてあり得ない」と言う親がいますが、そういう親こそ一番困る。全く自覚がないわけです。それは家族が原因という意味ではなくて、反省がない。反省すべき家族は反省したほうがいいというのが僕の主張です。そこは本人のために譲ってはいけないと思う。それを譲ると本人が救われない。つまり、批判できないからこそ内に向かっているわけで、摂食の人たちは人を批判する権利があると思う。ひどい医者を批判してもいいと僕は思う。人を嫌ってはいけないと思っている人がいる。でも、世の中には嫌いな人と好きな人がいるんだから、ある人が嫌いなのは当たり前なんです。でも、親を嫌うのはとても辛いから、普通はできません。だいたい子どもは親が嫌いじゃないのだから。