トップ >> 治療に関する情報 >> 摂食障害の基本知識 心理士さんに聞いてみよう!vol.1中村このゆさん

摂食障害の基本知識 ~心理士さんに聞いてみよう!



一番大きいのは社会文化要因だろうと思っています


-先生の歴史をたどっていくと、摂食障害との関りはとても密であり、出版された本も研究も、摂食障害と関係深いものです。そもそも、摂食障害と関わるようになったきっかけ・出会いを教えてください。


  私は1970年代から心理臨床と関ってきたんです。…で、摂食障害に出会ったのは、昭和52年(1977年)、現在の国立病院機構京都医療センター(旧 国立京都病院)の精神科の心理療法士として働き始めたっていうのが発端なんですね。そこに内分泌専門である東(あずま)淑江先生がホルモンの研究をされていて、摂食障害(当時、拒食症を診るのが主だった)が甲状腺機能低下する「橋本氏病」と関係があるんじゃないかって研究をしておられたのね。先生は医療行為をして、私たちはカウンセリングを受け持つという、まあ、チーム医療みたいなことをしていたんですね。

 …で、摂食障害の患者数が増えてきた1970年後半に、厚生省(現 厚生労働省)が摂食障害の研究班を立ち上げたのね。当時、心身医療のご専門だった(故)石川中(なか)先生が班長先生になられて、日本各地で拒食症の治療に当たっている先生方を研究者(班員)として集められて、東先生が班員におなりの時に、「研究協力者になって一緒に研究しない?」って言われて。それから、摂食障害の治療や研究に関るようになったの。

 …で、予算確保のために班研究で毎年必ずレポートも出さなければいけませんし、お医者さんとは違った角度から臨床心理学者として貢献できるような治療と研究というのが、その東先生を中心とする班研究の中でだんだん培われていったというのが、きっかけです。


-そのようなきっかけで今まで長い期間、摂食障害と関ってきたのですが、先生の目には、摂食障害という病気・そして、摂食障害の方々はどのように写っているのか…というところをお聞きしてもよろしいでしょうか。


 とてもビッグな質問で、お答えが長くなると思うんですね。

 1970年当時ですね、私は臨床家だったので、「どうやって治すか」ということが一番関心事なわけですね。当時はまだまだ、摂食障害や拒食症に関しての心理療法とか精神療法に関して、充分に治療法がストックされていない時代だったんですね。手探り状態でして、私たち当時読んでいた本は、アメリカ人の精神分析科医のヒルデ・ブルックが書かれた本「ゴールデン ゲイジ(金色の籠)」とか、日本だったら、もう今はお亡くなりになられましたけど、下坂 幸三先生の論文とかが、ほとんど唯一の手がかりで、ヒルデ・ブルックも下坂 幸三先生も基本的には、あの、フロイトの精神分析というものをベースにして、摂食障害とか拒食症とかを捉えておられたのね。私たちはそういう本を読んで勉強してたわけ。だから、そこの中で言われているのは、「成熟拒否である」とか、「よろしくない母娘関係である」とか、「弱っちい父親である」とか、まあ、定番ですけどね。だから、そういう風なところに焦点を当ててなんとか治療しよう…みたいな考え方を最初は持っていました。当然、自分は経験ないからね。

 しかし自分自身がですね、長いこと治療していくに当たって、だんだん考え方が変わってきたわけです。…で、例えば精神分析したりお母さんとの関係をメインに考えたりするのはしょうがないだけど、お母さんのカウンセリングもたくさんしたんですね。お母さんはすごく困っておられました。…で、私自身も母親でね、『なんかお母さんって損だよな』って思ったわけですよ。こんなに一生懸命娘さんのために来られて、本当に娘さんに攻撃されたりとか、家の中をめちゃめちゃにされたりとか…ま、ご本人が苦いからですけどね。それで、1人で頑張っておられるのに、お母さんのせいだと言われて、『なんかお母さんっていいとこないよなぁ』って感じで。私、それで先人の偉い先生が言うように、本当にお母さんと娘さんだけの問題なんだろうか…というふうに思いだしたのね。これが私の摂食障害の捉え方に大きな影響を与えたものの一つ目。


 二つ目はね、私が初めて臨床心理学の専門雑誌に載せた論文で、昭和60年の10月に「神経性食欲不振症の男子例の心理的背景について」っていうのがあってね。今から見れば中身はあんまり良い論文だとは思えないけれど、当時は摂食障害の男子例って、非常にまれだったので一例でも報告する価値があったので載せさせてもらったのね。その時に思ったのは、『あ、そうなんだ。女性だけの病気じゃないんだ。男性だってなるんだ』って思って、当時私は『これからは男性も増えるだろう』と思ったんですね。今、男性も増えているので当たってますけど。だから、男性と女性になにか共通の病理とかしんどさがあって、これは摂食障害という形で出てるんじゃないだろうか…というのを思いだしました。


 それから、三番目の転機はですね、1997年に大学院を修業して、1998年にアメリカのバーモント大学というところに半年間、スタッフ留学して向こうで研究をしてたのね。そこで一番印象深かったのは、非常に臨床心理学の分野にフェミニズムの考え方が導入されているということですね。摂食障害っていうのは個人の病理であるとか、家族の病理であるとか、お母さんの病理であるとかね、そういうこともあるかもしれない。でも、やはり世界的に発症地域というのは限られているわけですから、『これはやっぱり文化病でしょ』…という風に強く思ったわけですね。…で、80年代くらいなんかはフェミニズムからの摂食者に対する色々な文献とかも出てくるようになってきたんで、そういうのに非常に関心を持って。

 だから今は、摂食障害っていうのは社会・文化的な要因と、それから個人のパーソナリティーもあるし、家庭要因もあるし、そのようなものが複雑に絡まりあった結果だろう…というふうに思っています。
…で、色々見解はあるとは思いますが、一番やっぱり大きいのは社会文化要因であろうと私は思っています、私はね。だから、世の中が少し変われば、こういうことで苦しむ人は少し減るんじゃないかなあ…というふうに思います。


 それから、もう一つ言えることは、やはり摂食障害っていうのは、こういう時代状況とか文化状況の中でおかれて、何かこう…表現だと思う。自己表現だと思う。すごいしんどいやり方ですけどね。だけど、私ら心理士の言葉で言えば、無意識の表現だけど。…で、その人たちがドンドン増えているということは、これは、一方では個人の問題でもあるし、私たち社会の問題でもある。そして、その社会に対して、摂食障害というしんどい方法を使って、色々訴えかけている人たちがいる…という見方も出来るなあと、考えています。

 私たちの社会と摂食障害の人っていうのは、ちょうどパラレルで、摂食障害の人たちが、表現者として私たちの社会の病理を、身体を張って鏡で写してくれているんだと思っています。


-個人的なことですが、私が摂食障害の克服するにあたって、コミュニケーション力をつけることで克服に至ったんじゃないかと感じているんです。先生も、金子書房さんの児童心理という雑誌に「言葉の力不足が問題行動をおこす」と、2008年9月号で執筆なさっていますが、摂食障害も当てはまるとお考えでしょうか。


 そうですね。この雑誌は別の意味で書いたものなんですが、私の本日の基本的コンセプトは、「摂食障害は表現である」ということですね。だから、身体を使って表現をしてるわけです。身体とか、病気とか、症状を使って表現してるわけです。それを、もしも言語的な表現に変換することが可能であれば、誰もそんなしんどいことをせんでもいい訳ですよ。…で、「そのコミュニケーション能力はどうしたら、育つか」っていうことですけども、基本的信頼感=Basic security(ベーシック セキュルティー)っていうものがありますけれどもね、それは養育者と赤ちゃんがちっちゃい時に、安定した関係で作られるもんやというふうに、一応、心理学ではなっています。だから、「お母さんが悪い、お母さんが悪い」…ということになるんだけれども、でも、ある程度Basic security(ベーシック セキュリティー)が高い人でも、ストレスが、ガーっと負荷が大きくなると、やっぱりドンドン発症するわけです。それをなんとか取り戻すためには、人への信頼というものを取り戻していく過程でもあると思うんですよね。

 …で、摂食障害の人を治療してて、私が考えているひとつの山は、「摂食障害ですよ」って、自分の大事な人にいえるかどうかです。それがね、最初の壁ですわ。