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体験談 ~Vol.7 サチコさん(仮名)

過去の記憶を消し去ることはできないけど、
小さくすることはできるよ

言いたいことが言えない性格

 23歳の頃、ストレスから食べられなくなり、拒食症になりました。発症した頃、私は地元の金沢を離れ、東京で一人暮らしをしながらバンドを組んでボーカルをやっていたので、周囲からは自由奔放に生きているタイプに見られていたと思います。でも、実際はそうではなく、人に気を使ってしまうタイプでした。内心、人とどう付き合っていいのかわからない、人付き合いが怖いと感じていました。東京でバンド活動をしながら派遣の仕事もしていたのですが、職場の人達とうまく馴染めない気がして…。それで自分の言いたいことが言えず、どんどんストレスがたまっていきました。

小学校時代の忌まわしい出来事と、母への不信感

 実は小学生の高学年の頃、性的虐待を受けた経験があります。ひどいショックを受け、何が起こったのかもわからず、とにかく混乱しました。苦しくて怖くて、誰にも言えなくて…。でも、ひとりで抱えきれずに、勇気を出して母に打ち明けました。すると、母は「そんなことがあるわけない」と、私の話を信じてくれず、私を深く傷つけるようなことを言いました。その後、しばらくの間、母は私と口も聞いてくれませんでした。私は母が自分を守ってくれると思っていただけに、ダブルのショックを受けました。その事件がきっかけとなり、母親への不信感が強くなり、私は自分の思いや本音を胸に秘めるような性格になってしまいました。

 また私には兄がいるのですが、兄は成績が優秀で、母のお気に入りでした。何かというと私は兄と比べられました。進路に関しても母は自分の考えを押し付けてきて、私の言葉に耳を傾けてはくれない人でした。そして私はますます心を閉ざしていきました。

体重が28キロになっても、
異常だと思わなかった。

 私の場合、痩せたいという気持ちが強かったわけではありません。ただストレスで食欲がなく、食べないでいたら、すごく痩せてしまって、気がつけば身長154センチ、体重28キロになっていました。そんな体型では仕事も続けられないため、実家の金沢に帰って入院することになりました。28キロというのは、おそらく生命維持ギリギリのラインですよね。でも、不思議なことに、当時、私は自分が異常に痩せているという自覚がありませんでした。少しやせているかも知れないけど、異常にやせているわけでもない。周囲から「食べないと死んでしまう」と言われても、死ぬとは思えなかったし、死にたいとも思っていませんでした。自分は正常だと思っていたのです。実際、病院で普通に歩き回ったり、普通に生活していましたし…。でも、お医者さんに言わせると、それも拒食症の典型的な症状だそうです。極度に痩せているにもかかわらず、本人はそれを異常だと思わず、むしろエネルギッシュで調子がいいと感じている、それが拒食症の人間の特徴だそうです。医者からは1日3回、点滴を打つように言われていましたが、私はこのままの体重でいいと思っていたので断固として拒否して、1日1回だけの点滴にしてもらっていました。

私の世界を維持するためには、
食べちゃいけない。

 当時の精神状態を思い出すと、自分を完全にコントロールしたいという気持ちが強くありました。今日中にあれとこれをしようと決めたら、絶対にやらなきゃ気がすまなくて、自分で自分を管理したい、できていると感じていました。そして「28キロは完璧な身体」と思っていたので、この体重を維持できるよう自己管理しなくちゃ、と思っていました。 28キロの世界。そこは私の縄張りであり、私の世界でした。28キロの世界にいて入院していれば、誰も私の中に踏み込んでこない、言いたいことが言えないと悩む必要もない、理解されないことに苦しむこともない、外部からの進入をシャットアウトできると思っていました。だから、食べちゃダメだと…。

 そんな風にしばらく拒食の状態が続いていたのですが、それが数ヶ月すると、一転して今度は過食嘔吐に走るようになりました。すると体重も増えていきました。過食嘔吐と拒食を繰り返し、体重も増えたり減ったりという状態がしばらく続いたのですが、その内、病院にいるのがいやになり、退院しました。